王子様だけど王子様じゃない
「邑田さん、お疲れ」
「お疲れ様です」
私はほぼ駆け足でその場から立ち去ろうとするが、久留さんは「仕事の話なんだけど」と声を荒げて私の足を止めた。
「今後の会議、とかでしょうか?」
「うーん、まぁそんな感じ」
久留さんは曖昧な笑顔を浮かべた。営業部のエースらしく、そんな笑顔でもどこか爽やかで様になる。
「うちの部長、有償派なの知ってるでしょ?」
「ええ、知ってます」
被災者や罹患者に宿泊料を請求したい“有償派”と、代金は行政や政府にまかなってもらいたい“無償派”──我が社では、この二つの派閥に分かれている。
秘書課が所属する総務部は表向き中立だが、どっちつかずとも言える。そのせいか、どっちかと言えば有償派、あるいは無償派が多数を占める。
ちなみに秘書課は純然たる無償派であり、これは室長がかつて被災者として筆舌に尽くしがたい困難に見舞われた過去に起因している。私はちらっと聞いた程度だが、それなら無償派になるよな、と頷いてしまうような話だったし、聞いてからはずっと無償派だ。