王子様だけど王子様じゃない
ことの発端は、昨晩にまでさかのぼる。
その日、私は行きつけのバーで飲みまくっていた。そりゃあもう浴びるほど飲んでいた。こんな無茶な飲み方をしたのは初めてだった。
「……でね、マスター、そいつなんて言ったと思う? 邑田さんの手って思ってたよりも柔らかいんだぁって!」
「お客さん、そろそろ水にしたほうが良いですよ?」
「もう一杯だけちょうだいよ、もう一杯だけ」
もろ迷惑客の代表。二度と店に来てほしくないだろうに、マスターは優しく私を諭し、私はその優しさを無下にした。最低。
「マスター、この人に水を」
右隣から涼やかな声が耳をくすぐって、私は舌打ちと共に横を向いた。
「あなた、飲み過ぎですよ」
緩やかに波打つ黒髪を横に流した、精悍な顔つきをした男前がそこにいた。その顔にバランスよく収まった眉が、八の字を描いていた。
「ほっといて下さいよ」
私は無愛想に言い放ったが、その男前はさらに言い募った。