王子様だけど王子様じゃない
「……わかった、終業後に近くの居酒屋でいい?」
「あの、高架下にあるあそこですよね? わかりました」
タイミングよく秘書課のオフィスまで着いたので、会話を切り上げてドアを開ける。オフィスには室長を含め、私たち以外の秘書たちのほとんどがそろっていた。
「邑田さん、君嶋さん、今、木村くんが副社長をお連れしてるから、自分にデスクに戻って」
室長の説明に、私たちは急いでデスクの前に駆け寄り姿勢を正した。その数十秒後にオフィスのドアが開けられて、副社長が入ってくる。
室長に促されて私たち全員が見える位置まで来ると、彼は軽く頭を下げる。
「改めまして、本日付けでコンクラーウェ社の副社長に就任いたしました。池部典孝です。以後、よろしくお願いいたします」
私たちも頭を下げて、それぞれが自己紹介を始める。簡潔に名字だけを名乗り、「よろしくお願いします」と付け加えるだけの、本当にただの顔見せ。