王子様だけど王子様じゃない

 柔らかなバリトンが頭上で響く。それとほぼ同時に、濃紺のスーツが視界いっぱいに広がった。

 副社長が私を背に庇っている。そう認識したのは、彼がさりげなく腕で私を後ろに下がらせてくれた一瞬だった。


「彼女と付き合っているのは私です」

「……でも、敬助はその人と付き合ってるって」

「そんなことを言っていたんですか」


 須藤さんは見定めるように副社長と私を交互に見やると、組んでいた腕を下ろした。


「……もう一度、敬助にちゃんと聞いてみます」


 声のトーンが落ち着いたものに変わった。それでも緊張や疑念をはらんだ音ではある。

 その証拠に、彼女はヒールを高らかに鳴らし、足早に会社から立ち去った。ブランドもののスプリングコートが見えなくなるまで見送ると、強張っていた肩から力が抜けた。


「何もされてないね?」

「はい、本当にありがとうございます」


 副社長に助けられるのは、今日で二度目だ。

 二度も、助けられてしまった。


「個人的なことに巻き込んでしまって、申し訳ございません」

「確かに、これではギブアンドテイクとは言い難いな」


 情けない。私はどの面下げて、対等な契約だなんて言ったのだろうか。

 副社長が顎に指を当て、審判を下そうとしているのを待つ。彼はしばらく悩んだ後、見る女性全て虜にするような、爽やかな笑顔を顔に乗せた。


「それじゃあ──」
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