王子様だけど王子様じゃない
「ほっとけませんよ、あなたみたいな綺麗な人」
なんだただのナンパか。
ベロベロに酔っているから、簡単にお持ち帰りできるとでも思ったんだろう。最悪。
そうはいくか、とかなり面倒臭い絡み方をした……ような記憶はある。水を飲む飲まないで押し問答し、ふらふらのままどうにか代金を払い、このすやすや男の肩を借り──ダメだ。ここから先が大事なのに思い出せない。
とにかく帰ろう。うん。バッグから取り出したスマートフォンを見れば、今日は休日の朝だ。そもそも明日は休みだから飲もうと思っていたのに、何という不覚。
ここまで深酒をするつもりはなかったのに、と後悔しても後の祭りだ。今は気持ちを切り替えて、この場からどう逃げるかを考えなくては。
音を立てないように、そっと服を着てバッグを持った。その間も神経を尖らせて男を気にしておく。
幸いにもぐっすりと寝入っているようで、寝返り一つうたなかった。私は着々と準備を済ませ、お金を取り出してサイドテーブルに置き、備え付けのメモ帳をその上に乗せた。
少し悩んで、ご迷惑をおかけしました、とだけ書いて忍び足でドアへと向かう。
ノブをそおっと回してやっと通れるだけの隙間を作ると、そこから身体を滑り込ませるようにして出ていった。