王子様だけど王子様じゃない
「自分の手が白くなるくらい握ってたから……骨にヒビが入っててもおかしくないよ」
須藤さんは前髪をかきあげて、「あたしが怖くて動けなかったんだから、あいつは腰が抜けただろうね」と続けた。
「あの人が後ろを向かなかったのは、邑田さんを怖がらせないためだったんじゃないかな」
「私を?」
須藤さんは頷くと、「ホントすごい顔だったもん」と苦笑した。
「あれだけ怒ってたのに、理性が残ってた。全部、邑田さんがいたからだと思うよ」
副社長が、私のために。
頬に熱がこもって、目が潤むのが自分でもわかる。頭の芯がぼんやりして、心臓が優しく高鳴った。
私は首をゆるく振って、舞い上がりかけた気分を戻す。場違いにも程があるし、私たちは契約してるだけにすぎないんだから。
「須藤さんは、久留さんを訴えるんですか?」
「私?」
「もし婚約までしていたなら、絶対に慰謝料は取れるはずですから」
須藤さんは無邪気な笑顔を見せた。きっと素はこんな人なのだろうと思うほどの。
「いいや。あれ見たらなんかスッキリしちゃった!」
そう言って、朗らかに笑った。