王子様だけど王子様じゃない
私はスーツもパンプスも身につけていない状態で、ただそこで待っていた。
「もう、いいですか?」
「ああ、どうぞ」
副社長──典孝さんの声に応え、足を踏み出す。どうか落胆させませんように、と半ば祈りながら彼の前に現れれば。
「やはりAラインのドレスだな」
「では別の色もお持ちいたします」
販売員さんが営業スマイルを浮かべ、今度は淡い寒色系のドレスを持ち出した。
私はどうにか口角を上げ、ドレスを受け取ってカーテンを閉める。約束とはいえやり過ぎだと文句をつけたくても、自分で言い出したことなので引っ込みがつかない。
ここはさる有名なブランド店の奥にあるフィッティングルームであり、私は着せ替え人形にさせられること数時間、靴だのバッグだのまで合わせるはめになっていた。
あの日、告げられた対価は「パートナーとしてパーティーに参加する」だった。無論、秘書としてのスーツではドレスコードに違反するので別に用意しなければならない。
副、じゃなかった。典孝さんは一から自分の手でコーディネートしたいとまで宣い、さらには「プライベートだから副社長呼びは禁止、俺も紗都美さんと呼ぶ」と言いやが……おっしゃった。
その結果が、この数時間にわたるファッションショーである。