王子様だけど王子様じゃない
「あの、ちょっと近すぎでは?」
恋人役の契約を交わしているとはいえ、実際に付き合っているわけではない。ここまでする必要があるだろうか。そうまくし立てれば、目の前の色男は艶然と微笑んだ。
「いつも可愛らしいのが綺麗にまでなったんだ。誰にもちょっかいをかけられないようにしないと」
こういうセリフがさらっと出てくるのがすごいと思う。語彙力が無さすぎて“すごい”しか出てこないけど、頬に熱が溜まってしまったから彼にはこの敬服が通じたんだろう。
「うん、やっぱりチークはほぼ無しで正解だった」
「はい?」
「その顔は、他の人……特に男の前でしないでほしい。後生だから」
不意に真剣な眼差しを浴びせられて、私の頬からは血の気が引いていった。
そうだ。調子に乗ってはいけない。あくまでこれはそういう“演技”なんだから、勘違いしたらダメだ。約束を果たすことに集中しないと。
私は背中がしゃんとするよう意識して、この店に来たときと同じ車──リムジンに乗り込んだ。