王子様だけど王子様じゃない
典孝さんが先に降りて、私に手を差し出した。その手におずおずとつかまり地面へと足をつける。そのまま流れるような動作で腕を組み、会館の出入り口へと向かう。
「典孝!」
受付で何名かのお客様と話していた妙齢の女性が、私たち姿を見つけて目を丸くした。様子を察したお客様たちは会釈して会場へと入り、女性は私たちに近寄ってきた。
髪をきっちり結った、着物姿の女性だ。薄化粧を施した顔には上品で温和な笑みが刻まれ、ひと目で“落ち着いたご婦人”だとわかった。
「母さん、久しぶりだね」
「本当に!……半年ぶりかしら? 元気そうね」
「ああ、毎日忙しくて楽しいよ」
母さん。つまり、社長夫人……!?
背中あたりから冷や汗が吹き出る。必死に口角を上げたままキープしているけど、かなりひどいことになっているんだろうな、と喉を鳴らした。
「でも仕事が恋人ってわけじゃないんでしょ?」
社長夫人の視線が私に突き刺さる。気を失いそうになったものの、どうにか踏ん張って笑顔を返した。
「もちろん、紹介するよ」
典孝さんは組んでいた腕を解き、私の肩に優しく手を当てた。
「こちら、邑田紗都美さん。秘書課に勤めてる」
「お初お目にかかります、邑田紗都美と申します」
もう開き直って、秘書モードで応対することにした。そっちのほうが多少は気が楽だ。
「はじめまして、池部寛子と申します」
夫人は流麗な動きで完璧なお辞儀をし、私も慌てて深々と頭を下げる。
「ところで、婚約はいつ頃になさるの?」