王子様だけど王子様じゃない

「外で待っていたほうが良くないですか?」


 君嶋さんは腕時計を確認して周囲を見渡した。一階のエントランスホールには出社してくる社員や業者、取引先やお得意様、真新しいスーツ姿の新入社員でごった返している。

 忙しない空気に当てられているらしい彼女に、私は微笑んだ。


「そこまですると、急かしているように思われてしまうから」


 続けて「焦らないで、落ち着いて待ちましょう」と目を合わせる。緊張がいくらか和らいだのか、目元の強張りが解けたのがわかった。


「おはようございます、君嶋です。本日はよろしくお願いします……うん、よし」


 隣りでシュミレートをしている彼女を好ましく思いながら、磨き上げられた自動ドアに視線を向けた。黒塗りの高級車がゆったりと静止して、そこからモデル体型の男性が出てくる。

 彼だ、と私は直感で動いた。


「君嶋さん、行きましょう」

「はい!」


 後輩と共に少し急ぎ足で近寄り、副社長に声をかける。


「おはようございます、邑田です……!」


 声を数瞬だけ詰まらせてしまったが、すぐに「よろしくお願いします」と続けた。君嶋さんも自分でシュミレートした通りに挨拶をする。


「池部典孝です、今日からよろしくお願いします」


 私より頭ひとつ分高い副社長は、穏やかに目を細める。その反応に、私は自分の心臓が口から飛び出さないように祈るので必死だった。

 よりにもよって。

 なぜ、よりにもよって、一昨日と昨日の朝に見た顔がここにあるの!?

 そう叫びたかった。
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