モウセンゴケ〜甘い香りに誘われて

私も誰かに慰めて欲しかっただけで…

2度と会うことのない人。

「…ありがとう」

「ん?なんだ?」

「なんでもない。ねぇ、シャワー借りていい?」

「一緒に入るか?」

「…ふっふふふ。遠慮しておく」

体を起こしベットを降り、男を一瞥することもなく浴室へ向かった。

浴室から出ると、男は私の肩をポンと叩いて笑ってから、浴室へ向かった。

その行動にどんな意味があったのかは、わからない。

私は、男が出てくる前に服を着て、ドアへ向かった。

ちょうど、シャワーが止んだ音が聞こえたが、振り返ることなく部屋を出た私の足取りは、意外に軽かった。

あの日から、今までと、さほど変わらない日常。だが、確実に我が家は衰退して行っている。

現に、家に届く督促状。

税金を払うお金も見てみぬふりをしだす義母。

山積みになっていく請求書。

少し残しておいた父の遺産で、税金は支払いはしたが、彼女らが浪費した請求書は、私が払っていく必要もないと思う。

だが、家が差し押さえにでもなれば、父に顔向けできない。

叔父に相談があると言われ、社長室まで来たが、彼の表情から良くない話なのだと察して深いため息をついた。
< 11 / 62 >

この作品をシェア

pagetop