モウセンゴケ〜甘い香りに誘われて
頬を指の背で撫でた後、おでこを小突かれた。
「さぁ、連れ帰えりそうになる前に、家に入ってください」
甘い言葉を囁きながら、追い払うように手を振る姿が、なんだか面白くなく、このまま彼の言動に振り回されて、私だけ頭を悩ませるなど悔しいと頭の中によぎっていた。
「鷹也さん、今度は、その前髪の下の表情を見せてください。じゃあ、連絡待ってます」
ぺこりと頭を下げて、小走りで玄関へ向かった。
リビングの大きな窓から、義母と義姉が外を見ていることに気がつく。こちらを見ているその表情は小馬鹿にしたように笑っていた。
笑っていればいい。
今に、あなた達は笑えなくなるのだからと、玄関戸を開けたのだ。
「ただいま戻りました」
「優香お嬢様、お帰りなさいませ。お着物を脱ぐお手伝いをしますよ」
「京子さん、ありがとう。お願いします」
家で唯一の和室で、着物を脱いでいく。
「窓からお見かけしましたが、お相手の方、なんというか、真面目そうな方でしたね」
「京子さん、あれを真面目そうとは言わないのよ。あれは、陰キャ、もしくはイモ男っていうのよ」
柱に体を預けて腕組みしている一華は、おかしそうに笑う。