モウセンゴケ〜甘い香りに誘われて
とぼとぼと歩いて、そこにあったカウンター席に座った。
濡れた髪と顔を見たバーテンダーが、お手拭きを2つ差し出してくる。
「何か、飲まれますか?」
「えっ?」
声をかけられて、何気なく座っていたことに申し訳なくなり、高級なクラブで飲むお酒など知らない私は戸惑っていたが、一つ挟んで座っている人の腕が見えて、彼が持つお酒が何かも知らずに指を指していた。
「あれを」
「…かしこまりました」
琥珀色の液体からは甘い香りがして、フルーツのような芳醇な甘さがあり、強いお酒とは思いもしなかった。
喉が乾いていたこともあり、一気に飲み干してしまい、すぐにカッと喉が熱くなる。
「これ…度数の強いお酒だったんだ。でも、美味しい…酔ってしまえるなら、もう一杯飲もうかな」
きっと、お酒で現実から逃げたかったのだろう。叔父なりに頑張ってくれているが、いつまで持つかわからない会社と、このままでは、家も手放さなければならない。
私の力では、義母も義姉もどうすることもできなくて、潰れていくのは目前だった。酔って全てを忘れたかった私の呟きを拾った一つ席の離れた男性が、こちらに体を向けた姿が目の端にうつっていた。