もし彼がここにいたら、僕を連れていってくれるのに。
外を出ると、風が吹いていた。冷たい風だった。まだ4時。
朝早いのに、他にも人が何人かいた。
窓際の席に座った。空は薄暗かった。太陽も眠いのだろうか。
知らないものはわからないし、わからないものはどう考えても変わらないと腹を括って、
多分こうだろうな、と憶測で書いてく。
友情、家族愛。
きっと普通の人は誰もが経験しているであろうことを取り入れて、
内容はともかく半分ほと描き終えたとき、
窓から風が入ってきて、原稿用紙ごと飛んでいってしまった。
あーあ
落ちちゃったなぁ、拾わなきゃ、と思っていると、
隣の席の人が拾ってくれていた。
ありがたいけど申し訳ないのに、彼は笑って
「今日は風が強いですよね、」
と言った。
順番も揃えてあったし、向きも同じだった。
すごいな、と普通に感心してお礼を言おうとして顔を上げた。
あ、と声が漏れてしまった。
どこかで見たことがあるような、懐かしさを感じた。
お礼の声は、自分が思っていたよりもはるかに小さかった。
「高校生?」
まぁ、そんなところです、と答えたら、
彼は小さく笑った。何かおかしかったのだろうか?
席に座って、課題を続けた。とうとうあと一枚、と言うところで手が止まってしまった。
隣の彼は、カップを形に外を眺めていた。
とりあえず今まで書いた4枚を読み直してみれば、何か浮かぶかもしれないと淡い期待を抱いて、
一枚一枚じっくり読んだ。
酷い出来だった。まさか、こんなものを自分が書いただなんて。
ストーリー性がない。話がつながっていない。登場人物が少ないのかもしれない。
上げてみればどんどん出てくる欠点が、頭をいっぱいにして、目の奥が熱く、じんとした。
顔を押さえて、頭を整理する。あと一枚、何か書けないか。
少しでもマシにする方法。
隣から、小さな声が聞こえてきた。
「何悩んでんの?」
「すいません…大丈夫です」
一息置いて、
「何が大丈夫なの?」
と返ってきた。
「それ、なんの課題?あ、なんか作文みたいなの書かなきゃいけないやつ?」
「…物語です」
「へぇ、今はこういうのやるんだ。」
「なんか思いつかないの?ちょっと読ましてくれたら、ネタ考えてあげる。」
「…いや、大丈夫です」
お願いしてないのに、と言いそうになって慌てた。
俯くと、左手につけた腕時計が6時を差していた。
もうこんなに経ったのか。ついたのが4時くらいだったから、2時間も経ってる。
腕の中で紙の音がした。ゆっくり顔を上げると、原稿用紙を見つめた彼がいた。
「ちょ、返してください、」
「だめ、まだ全然読めてない」
無理やり取り返そうとしても無駄だよ、とでも言いたげな表情で微笑みを向けられた。
あんな駄作、絶対他人に読ませてはいけない。紙を捲る音がした。
意地でも取り返さないと、と思っていたけれど、次の言葉で困惑した。
「へぇ、いいじゃん。」
「はぁ…?」
声は聞こえなかったけれど唇の動きで何を言っているのかがわかった。
まさか、それのどこが気に入ったのだろうか…
話すことがなくなって、駄作を取り返すのも諦める。自分の文字を追う瞳を
見ていると、なぜか懐かしい気持ちになった。
彼のアドバイスは、こうだった。
「一つ一つ君が考えていることはめっちゃいいと思うし、伝わるんだよね、でも繋がりが足りないと思うから、
最後の一枚は一個一個を紐付けしていけばいいんじゃない?」
「まとめるってことですか…?」
「うん、そんな感じ」
最後の1枚に取り掛かっていると、彼は自分の腕時計を見て、
「あ、もうそろそろ時間かも、今日はいいもの読ませてくれてありがとな」
と言って出ていった。隣の席は、カモミールの香りがかすかに残っていた。