もし彼がここにいたら、僕を連れていってくれるのに。
体が、重い。

目が覚めると真っ先に、そう思った。
ゆっくり体を上げると、今度は頭がクラクラして、目眩を感じた。
額に手を当てると、熱かった。
喉も痛い。
まさか、風邪でも引いた?
もう立ち上がる気力もないけれど、水を飲みにリビングへ行く。

リビングどころか家には誰もいないみたいだった。
親はどこかに出かけたらしい。正直、いない方が、なんて思ってしまう。
いてもいなくても同じ、と言った方が近いかもしれない。
立ってられなくなって、床にしゃがみ込んだ。
家には体温計なんて無い。探してないけど、きっと今まで体温を測る必要がなかったなら
無いのも仕方ない。

こんな時に体調を崩した自分に、嫌気がさしてくる。
まだ朝早いけど、昼までに回復しそうに無い。
それぐらい、苦しい。
せっかく誘ってくれたのに。
自分の体調管理もできないなんて。
涙があふれそうになるのを、唇を噛んでぐっと堪える。

頭がぼーっとして、何もできない時間が過ぎていく。
いつの間にか太陽の光が窓から差し込んできて、
後悔と虚無感に襲われる。

早く、連絡しないと。また手遅れになる。
流れ出た涙を、袖で拭った。
気が重くて、自分が情けなくなって。
そんな時、床に置いたスマホが振動した。
電話
手を伸ばして、感覚が曖昧なまま耳にあてる。
この声は、いつもみたいに、寄り添ってくれるような____
『…あのさ、今日。来れそう?』
「……」
声が出なくて、掠れたような、音にならない声しか出ない。
喉が痛くて、顔を歪める。
『無理そうだったら来なくて良いけど
 だって、いつでも会えるもんね、』
いつも、清滝さんはタイミングがいい。
監視カメラか何かをつけられてしまったかと思うぐらい。
返事、しないと。
声が出ない。
喉が、ズキズキする。

「すいません、」
必死に出した声は、伝わったのだろうか。
衝動的に、通話を切ってしまった。
それからすぐに、メッセージが来た。

>さっきはごめん

何で謝るの?
謝らなきゃいけないのは
悪いのは、こっちなのに。

>>こっちこそ、ごめんなさい
 声、出なくて
>風邪かもね…
 じゃあ、元気になったらまた来てよ
 家じゃなくても、どこでもいいし、


声、出なくて

言い訳みたいで、また嫌になる。
大丈夫?とも、早く元気になって、とも言わなかった。
でも、清滝さんらしいな、とも思った。
しばらくベッドの上で何もしないで過ごしていると、
玄関のチャイムが鳴った。
軋む体を起こして、上下の鍵を解く。
ゆっくり開いた扉からは、思ってもいなかった人物が
両手に色々抱えて立っていた。

「ぁ、清滝さん______」
ぼんやりとしか見えなかった景色が、彼を見た時だけはっきりと映る。
何でいるのかとか、何で住所を知っていたのかなんてどうでも良かった。
ただ、目の前にいる存在に安心して、頭が、意識があやふやになる。
それは、一瞬の出来事だった。
足がふわふわして、すくわれる。
ぐらりと見えるものが揺らいで________
その後のことは、覚えていない。
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