鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

きぬぎぬ

 一晩中、宰相君から愛された姫は、しらじらと夜が明けてくる頃、ようやくうとうとし始めた。
 しかし、彼女は、すぐに鶏の鳴き声で起こされてしまう。

 起き上がろうとした姫は、背中から硬い(はがね)のような宰相君の腕に絡め取られて身動きできない。

「宰相君さま、どうぞお手をお放しください」
 消え入るような声で姫は囁いた。

「ん……」
 宰相君は眠そうに呟いて、姫を抱く手に一層力を込めてくる。

「私は湯殿に参らなくてはならないのです。どうか、そのお手を」

 宰相君は、夢見心地で姫の声を聞いていた。
 甘くたおやかな声に、宰相君はうっとりしながら答える。

「可愛い人、もう一度だけ抱かせて下さい」
 宰相君の手は、遠慮なく姫の体を蹂躙し始める。

(困ったわ! 早くこの手を振り解いて、お勤めに行かなくては、お役人さまに叱られる)

 しかし、昨夜のことを思い出して、姫は恐怖に震えた。

(また襲われたりしたらどうしよう。いいえ、それよりも『恥をかかされた』と、お役人さまは怒っているに違いない)

 姫はあれこれ考えて、身の置き所のない気持ちになる。

「どうしたのです? お願いだ、あなたの可愛い声を、喜びに震える声を聞かせて」

 姫の煩悶に気付かぬ様子で、宰相君は熱っぽく語りかけてくる。姫は困り果てていた。

ーーと、そこへ。
「宰相君さま、朝早くから失礼いたします」

 若い男の声と共に、ドスドスと床を踏んでこちらに向かってくる音がする。
 足音は几帳の前で止まり、男は結構な大声で言った。

「お湯係の鉢かぶりがいない、と下人たちが騒いでおりまする。昨晩、役人のひとりが、鉢かぶりに狼藉を働き、その場には宰相さまがいらしたようだとの事。何かご存知では、と思いまして罷り越した(まかりこした)次第」

 宰相君は姫を愛撫する手を止めて起き上がり、姫に薄衣(うすぎぬ)の被り物をそっと掛けた。それから彼は、
「狼藉を働いたのは私だよ」
 と、几帳の陰から顔を覗かせる。

「え?」
 明らかに動揺した声で答えた男は、明石左馬介であった。
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