鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

明石左馬介、大いに驚く

 宰相君は、几帳の端をめくって奥を見せた。
 覗き込んだ明石は、
「あ! これはしたり!」
 焦って、その場に平伏する。

 まさか、宰相君が女人を連れ込んでいたとは思わなかった。予想外のこととはいえ、無粋な真似をしてしまった。明石は申し訳なさに身を縮める。

「鉢かぶり姫はここにいる」
「左様でございましたか、って。え! えっえ?」
 薄衣の下から、ひょっこり顔を出したのは黒い鉢。
 明石は仰天した。

「今日は鉢かぶり姫は仕事を休む。いや、休ませる。すまぬが、お前から役人に言っておいてくれ。理由はそうだな……昨日役人に無礼な真似をされて、寝込んでしまっているとでも」

 明石は「はっ」と、もう一度平伏してから立ち上がって殿(部屋)を辞した。
 彼はその足で湯殿に行き、宰相君に言われた通りに伝えたあと、自分の持ち場に戻った。

 一方、宰相君と姫は、その日は飽きる事なく愛し合い、疲れると眠るということの繰り返しであった。

 姫は、突然嵐に見舞われたように変化した自分の境遇に、戸惑いつつも幸せな気分でいっぱいである。
 しかし、いつまでも、ここでこうしているわけにはいかない。

 私は湯殿のお湯係。
 なにより、この見た目では、とても宰相君さまのお相手になどなれるわけではないのだ。

 胸が苦しくなり、自然と涙があふれてくる。
 宰相君はぐっすり眠っていた。

 姫は、彼を起こさないよう、静かに殿(へや)から出て行った。
 たまたま、そこを明石が通りがかり、姫が出て行く姿を見つけた。

(おや、鉢かぶりだ。今まで気づかなかったが、あの身のこなしの美しさ、まるで後光が差しているように見える。どういうことだ?)

 惚れ惚れと見とれてしまっている自分に、またもや明石は大いに驚いたのである。
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