鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

宰相君、明石を大いにからかう

 明石は突然の命令に、『何故そうなる?』と、宰相君の後を追う。

「申し上げましたでしょう、私は女性に文など贈ったことはないのですよ。しかも、教養もない下品(げぼん)の身、そんな私が文など書けるわけがありません」

「なんでもいい、と言ったのはお前だろ? 古今の名歌を繋ぎ合わせて、それらしく作ってみてくれ」

 けろりと返事して、自分の殿(部屋)に帰って行く宰相君を見て、明石は呆れる。

(なんという雑な扱い。契りを結んだ相手にする態度ではない。でも…… そうか! つい魔が差して鉢かぶりに手を出したのだろうから、こんなもんか)

 一人合点して納得した明石は、宰相君の殿に上がり込んだ。
 宰相君は、几帳の陰で手枕して寝転がっている。
 目を閉じている彼の端正な顔を見て、明石はつくづくと思った。

(美しいなあ。男の俺でも見惚れるほどだ。このような方が、何故今まで言い交わした女性がいなかったのだろう。そして、初めて情を通じた女性が()()って……)

 笑いが込み上げてきて、横を向いて笑いを堪えていると、
「どうした?」
 宰相君に声をかけられた。眠っているのかと思ったら、じっと明石のほうを見ている。

「いや、なんでもないです」
「さっきの話だが、文を詠んでくれたら褒美に抱いてやってもいいぜ」
「へ?」

 宰相君は起き上がり、そろそろと明石に顔を近づけてきた。
「何を驚いてる。私に見惚れるくらいだから、そういうことなんだろう? お前はなかなか可愛いからな。それに、今の私は体じゅうに力が漲っていて、欲望を抑えきれないんだ」

「おっ、お待ち下さい。何を申されます!」
 うろたえる明石に、宰相君はフッと笑い、
戯れ(冗談)に決まっているじゃないか。男だろうと女だろうと、私は姫以外は愛せない体になってしまったんだからな」
 そう言うと、再び寝転んだ。

(焦ったわ。この方に迫られて “否や(いやです!)” と言えたかどうか。いやいや、それはない。断じてない!)

 明石が煩悶している傍らで、宰相君は大きなため息をつき、
「姫、ああ、夜が待ち遠しい」
 切なそうな声で言うではないか。

本気(マジ)なんか!?)

 宰相君の鉢かぶりに対する思いに、今更ながら驚いた明石である。
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