鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

宰相君の母上はお怒りです

 その日以来、宰相君は毎夜、姫の住居を訪れるようになった。
 宰相君の姿は、自然と人の目に立つようになり、屋敷内の至る所で人々は噂した。彼らの話し声はまるで、さざなみや(こだま)のように、ざわざわと落ち着かない音となって聞こえる。

「宰相君さまが、あの鉢かぶりと通じてらっしゃるそうじゃないか」
「男が女の元に通うのはよくあることだが、よりによって、あんな化生を相手にするかな?」
「それよ、信じられんわ」
「身の程知らずにも、宰相君さまの気を惹こうとしていたなんて、小憎らしいことよの!」

 その噂は、宰相君の母上の耳にも入ってきた。
 彼の兄君たちから、噂を伝え聞いた彼女は驚き憂えた。

 適齢期を迎えても独り身を通し、遊び呆けてばかりの末息子。これは、宰相君が領民の為にせっせと働いていることが、彼女からしたら遊びに見えていたので、宰相君にとってはいささか気の毒な誤解であったが。

 (あの阿呆(あほう)が遂にやらかしてくれた。
 最近、屋敷で働き始めた化生(鉢かぶり)と情を通じるとは! もの好きを通り越して異常だわ)

 彼女は、宰相君の乳母である大蔵(おおくら)に、真実を確かめてほしいと依頼した。
 大蔵は、明石左馬介の母である。

 彼女は息子に聞くのが早い、と思い明石に問いただした。
「お前なら知っているであろう? 宰相さまは、本当に鉢かぶりとねんごろになって(親しくして)らっしゃるの?」

「ねんごろっつーか。それよりもっと深いっつーか」
「まさか、あのような婢女(はしため)と言い交わしているとでも?」
「妻に迎えるおつもりですよ」
本当(マジ)か!」

 大蔵は、すぐさま宰相君の母上に注進(ちゅうしん)した。
 母上の驚きは、大蔵の比ではない。

「妻にするつもりですって? そんなことが許されると思っているのか! 鉢かぶりを今すぐここから追い出す、と宰相に伝えておくれ」
「かしこまりましてございます」

 大蔵は、今度は宰相君の殿(へや)を訪れ、注意した。

「若君さま、あなたは鉢かぶりのところへ毎夜お通いになられている、ともっぱらの噂でございます。母上さまは心配されて、父上さまのお耳に入る前に、鉢かぶりをお屋敷から追い出すと仰っています」

「そうか。そう言われるだろうな、とは思っていた。鉢かぶり姫を追い出すというなら、私も一緒に出て行くよ。姫と一緒にいられるなら、どこだっていいんだ」

 宰相君に、にこにこと返事された大蔵は絶句した。


【註】
 注進)急いで報告すること
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