鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

姫は出て行く決意をする

 早速、宰相君の母君は方々へ『触れ』を出した。
 “嫁比べ” をすること、及び日時を触れ回ったのだ。
 貴族と、屋敷内の一部の下人だけを観客に行われる嫁比べ(イベント)。しかし、告知を知った里の住民も、興味津々となったのは言うまでもない。

「山蔭卿の公達(きんだち)の嫁御たち、どのお方も天女のようにお美しいと聞いた。一度でいいから見てみたいものじゃ」
「お前さま、それは私も同じじゃ。お顔も手足も髪も、私らとはまるで違うんじゃろなあ」

 そんなふうに、里人たちは寄ると触ると、嫁比べ(イベント)の噂をする。
 その頃には、姫は屋敷中から腫れ物扱いであった。中には姫を憎むような輩も出てきており、姫は針の(むしろ)であった。

 特に身体的ないじめなどはない。(食事)もちゃんと与えてくれる。
 しかし、朋輩たちは誰一人として、まともに口を聞いてくれないのだ。

 聞こえよがしに、「こんなことになっても、堂々とお屋敷に居座るつもりかね」「化生の厚かましさよ」などと言われる度に姫の心はえぐられる。

(軽口を叩いて、笑い合ったりしたこともあったのに……)
 姫は疲れ果てていた。単に、早朝から深夜まで働いているからだけではなく、気疲れのほうが大きかった。

(でも、私には宰相君さまがいる。毎夜、飽きることなく愛を囁いてくれる方がいる)
 彼だけが頼りであった。

 そんな彼女を追い詰めるような “嫁比べ” 。
 自分だけではなく、宰相君まで恥をかくことになる。
 姫は、嫁比べが行われる前に、屋敷を出て行こうと決意した。

(短い間だったけれど、幸せだった。
 これからどこへ行こうか。どうぞ、観音様、私をお守り下さいませ。
 ……でも、最後に)

 姫は最後にもう一度だけ、宰相君の情けが欲しいと思った。

(宰相君さま、今宵も来て下さいますね)
 姫は湯を沸かしながら、祈るような気持ちであった。

 しかし、その日に限って、宰相君はなかなか現れない。

( 嫁比べという現実を突きつけられ、あの方は私のことが恥ずかしくなったのかもしれない……!)
 姫は泣きたくなった。
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