鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される
宰相君、博士と出会う
その日、宰相君は、父君である山蔭卿と共に客人をもてなしていた。
客人は、身分はさほど高くはないが、人柄も教養も当代一流の博士ということで、山蔭卿は下にも置かぬもてなしぶりである。
「明日、息子の嫁たちを一堂に集めて披露する “嫁比べ” という|催しをやるのです」
「ほう? 嫁比べ?」
博士は興味深げに返事した。
「嫁たちは皆、並外れた美貌と教養の持ち主ゆえ、その美質を競ってもらおうと、私の妻が言い出しまして」
「こちらにおわす御曹司さまの嫁御も参加されるのですか?」
「あ、末息子の嫁は」
山蔭卿は、妻から嫁比べの提案を聞いた時、宰相君と姫の関係を知った。嫁比べの目的が『姫を追い出すため』ということも知らされた。
そのことは博士には言わずに、
「末息子の嫁は憎き者でございまして……」
と、曖昧にぼかして言った。
博士は微妙な顔をしている。
山蔭卿はそれに気づかず、逆に博士に質問した。
「嫁比べのような催しは、ご存知ありませんか?」
「はて……。私は無知ゆえか、そのような奇き催しは、見たことも聞いたこともありませぬ。きっと、山蔭卿さまのように位の高い風流人でなければ、催すことが出来ない前代未聞の催しなのでしょう」
「そうなのですか? 一流の学者がご存知ない、珍しいものとは!」
山蔭卿は目を丸くしている。
近くに侍して、二人の会話を聞いていた宰相君はおかしくてたまらない。
(博士のような、天下に名を知られた知識人が知らないはずはないだろう。つまり、『そんな催しは存在しない』ということだ。父上はイヤミを言われていることに気づいていないのか? 我が父ながら可愛い人だ)
博士と目が合った。
博士はにやにやしている。宰相君も笑ってしまう。
博士をもてなす酒宴の間じゅう、山蔭卿は終始ご機嫌であったが、
「楽しくて飲みすぎたようです。申し訳ありませんが、お先に失礼いたします」
と、ふらつく足で宴を途中で辞して行った。
博士が宰相君に静かに語りかけてきた。
「仔細は分かりませんが、あなたの奥方に恥をかかせる目的の催しなのですね?」
博士は全て理解しているご様子。
「どうされるおつもりか?」
「今夜、私は妻を連れて屋敷を出るつもりです」
「ほう。では、これを」
博士は、懐から立派な書付のような物を取り出し、宰相君に渡した。
「お上より賜った御守です。これを見せれば、どこの貴族の屋敷でも泊めてくれます。困った時にお使いください」
宰相君は感激して、帝の書付を押し戴いたのであった。
客人は、身分はさほど高くはないが、人柄も教養も当代一流の博士ということで、山蔭卿は下にも置かぬもてなしぶりである。
「明日、息子の嫁たちを一堂に集めて披露する “嫁比べ” という|催しをやるのです」
「ほう? 嫁比べ?」
博士は興味深げに返事した。
「嫁たちは皆、並外れた美貌と教養の持ち主ゆえ、その美質を競ってもらおうと、私の妻が言い出しまして」
「こちらにおわす御曹司さまの嫁御も参加されるのですか?」
「あ、末息子の嫁は」
山蔭卿は、妻から嫁比べの提案を聞いた時、宰相君と姫の関係を知った。嫁比べの目的が『姫を追い出すため』ということも知らされた。
そのことは博士には言わずに、
「末息子の嫁は憎き者でございまして……」
と、曖昧にぼかして言った。
博士は微妙な顔をしている。
山蔭卿はそれに気づかず、逆に博士に質問した。
「嫁比べのような催しは、ご存知ありませんか?」
「はて……。私は無知ゆえか、そのような奇き催しは、見たことも聞いたこともありませぬ。きっと、山蔭卿さまのように位の高い風流人でなければ、催すことが出来ない前代未聞の催しなのでしょう」
「そうなのですか? 一流の学者がご存知ない、珍しいものとは!」
山蔭卿は目を丸くしている。
近くに侍して、二人の会話を聞いていた宰相君はおかしくてたまらない。
(博士のような、天下に名を知られた知識人が知らないはずはないだろう。つまり、『そんな催しは存在しない』ということだ。父上はイヤミを言われていることに気づいていないのか? 我が父ながら可愛い人だ)
博士と目が合った。
博士はにやにやしている。宰相君も笑ってしまう。
博士をもてなす酒宴の間じゅう、山蔭卿は終始ご機嫌であったが、
「楽しくて飲みすぎたようです。申し訳ありませんが、お先に失礼いたします」
と、ふらつく足で宴を途中で辞して行った。
博士が宰相君に静かに語りかけてきた。
「仔細は分かりませんが、あなたの奥方に恥をかかせる目的の催しなのですね?」
博士は全て理解しているご様子。
「どうされるおつもりか?」
「今夜、私は妻を連れて屋敷を出るつもりです」
「ほう。では、これを」
博士は、懐から立派な書付のような物を取り出し、宰相君に渡した。
「お上より賜った御守です。これを見せれば、どこの貴族の屋敷でも泊めてくれます。困った時にお使いください」
宰相君は感激して、帝の書付を押し戴いたのであった。