鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

奇跡は起きた

 ガシャンと音がして、鉢が地面に落ちた。
 驚いて姫の顔を見た宰相君は、「えっ?」と小さく声を上げ、呆然として立ちすくんだ。

 そこにいたのは、世にも美しい姫君だった。
 麗しい女人のことを、『十五夜の月も雲間に隠れてしまいたくなるほど美しい』などと言うが、(まさに姫は満月よりも美しく気高い!)と宰相君は思った。

 粗末な着物からすんなり伸びた手足に豊かな黒髪。
 それらは既に知っているものではあるが、その顔は想像していた以上であった。宰相君は、しばしうっとりと姫に見惚れてしまう。

 それから彼は、「あなたですね?」と、姫に尋ねた。
 我ながら間抜けな言葉だと思ったが、あまりにも美しい姫を前にして、宰相君はそれしか言えなかったのだ。

 更に、地面に落ちている鉢から輝く光が漏れ出ていることに気づいた宰相君は、割れた鉢をじっと見つめた。姫も彼と共に、食い入るように光を見ている。
 鉢から川のように流れ出てくる光は、やがて様々な品物に姿を変えた。

 大きな金塊、珊瑚(さんご)翡翠(ひすい)。黄金で作られた橘の実、銀の梨の実。その他、目もくらむような宝物(ほうもつ)
 さらには、十二単の美しい衣裳や紅袴が出てきて、それらはするすると姫の体を包んだ。

「えっ!」
 驚いて声をあげた姫が、再び光の出所(でどころ)である鉢を見た時、手箱の上に観音様が立っていらっしゃった。
 観音様のお顔は、亡き母の優しい顔にそっくりだった。

「お母さま!」
 観音様は微笑んで、そのまま空に浮かび上がり姿を消した。

「これが観音様の妙智力(かんのんさまのみょうちりき)というものなのか!」
 感に堪えたように宰相君が呟く。

「お母さまが観音様にお願いしてくれたのですわ」
「なんという有り難きこと! 姫、早速嫁比べの準備をいたしましょう」

「嫁比べ……。やはり私は出なくてはいけないのでしょうか?」
「もちろんです。父母に、屋敷中に、いいえ、この世の全てにあなたを自慢したいのです」

 宰相君は嬉しそうに叫んだあと、はっとした様子で姫に尋ねてきた。
「おいやですか?」

 出来れば人目に立ちたくない。
 しかし、宰相君の妻として認められたい気持ちもある。

「あなたがいやなら」
 宰相君の言葉を遮り、姫は力強く答えた。
「いいえ、なんとかやってみます」

 観音様のご加護や、亡き母と宰相君の深い愛があれば、どんなことでも乗り越えられそうな気がする姫である。
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