鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

鉢かぶり姫、登場す

 主殿に集う人々全員が、 “鉢かぶり” の登場を、今か今かと待っている。
 しかし、彼女は中々現れない。

 兄嫁たちは、揃って残忍な笑みを浮かべて待っている。鉢かぶりが現れた瞬間、いたたまれなさを感じるに違いない、と彼女たちは内心ほくそ笑んでいたのだ。

 彼女たちの夫は、すぐにその事に気づいた。
 普段から、見た目と裏腹に中身は悪どい妻たちに、三兄弟とも辟易していたのである。

 観客全員が主殿の入口に注目している間に、宰相君は、そうっと兄たちの隣の席に着いた。
 到着した宰相君を見て、兄君たちは口々に慰めるように言った。

「父上も母上も、残酷なことをなさる」
 彼らには、可哀想に思う気持ちと、優越感も少しあった。

「そうですね。義姉上様たちに辱めを与えるつもりはないのですが」
 宰相君は深刻そうに言って頷く。

「は? 何を言う?」
「辱めを受けるのは、お前の妻であろう?」
「今更だが、どうしてこんな催し(バトル)をするのだろう。愚かなことだ」

 騒ぐ兄君たちを気の毒そうに見た宰相君に、山蔭卿が声を掛けた。
「鉢かぶりはまだか?」
 
「今少し、お待ち下さい。引出物が多すぎて、従者たちが困っておりまして」
「そうか。って?」

 不意に、辺りが明るくなった気がして、山蔭卿は目をぱちぱちさせる。

「遅くなりましてございます」
 明石の弾んだ声と共に現れたのは、この世のものと思えないほど美しい女君、言わずと知れた鉢かぶり姫であった。

 長い黒髪は、姫が歩を進める度にゆらゆらと揺れて(きら)めき、「翡翠とは、これを言うのだな」と、山蔭卿はうなった。

 姫の足取りは、まるで天女が舞い降りたように軽く、やや俯き加減の顔の美しさといったら!
 山蔭卿の隣に座している母君が、ほうっと大きなため息をついた。

 姫の後ろには、沢山の宝物を載せた銀の台を掲げるように持つ下人や女房たちが大勢従っている。
 唐綾、小袖、染物といった反物類は、明らかに義姉たちが持参したものより多い。
 更には、見たこともない金銀の細工物。

 その場にいる皆、呆然として静まり返ってしまった。
 いちひめは唇を噛み締め、にのさまは逆にぽかんと口が空いたまま、さんのみやは何度も瞬きを繰り返している。



【註】
 翡翠)鳥のカワセミのこと。女性の長くツヤのある美しい髪を表現して言う
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