鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

管弦の遊び

 山蔭卿が、いちひめに返事する前に母君が答えた。
「もちろん管弦の遊び、やってもらいますよ。私はこれを一番楽しみにしていました」

 母君は大蔵に目配せする。
 大蔵は頷いて、女房たちに何やら命じた。

「私が(つづみ)をやります。あとは、和琴(わごん)琵琶(びわ)(しょう)かしら」
姑上(ははうえ)さま、私が琵琶を弾き、にのさまが笙を吹きます。鉢かぶりどのには和琴をお任せしたい、と思うのですけれど」
「和琴を? 鉢かぶりに!」

 母君が驚いたのには理由があった。
(和琴は、一曲仕上げるのにも相当年季を入れて練習しなくてはならない。それを何処の馬の骨ともわからない、下賤な鉢かぶりにやらせるなんて無理な注文というものだわ)

 迷っているような母君の様子に気付かぬ振りで、いちひめとにのさまは、
「さ、始めましょう」
 と、さっさと主殿の広間中央に進み出て行った。
 そこには、大蔵の指示で既に楽器が用意されている。

「さ、鉢かぶりどの、和琴の前に」
 いちひめは姫に命じた。
 有無を言わさぬその態度に、全員が緊張する。

 姫は、どうしたものかと迷っていた。
(和琴なら、お母さまに厳しくしつけられたから、多少の自信はある。でも、ここで腕前を披露するのは、失礼と思われないかしら)

 姫の逡巡(迷い)を逆の意味に受け取った、いちひめとにのさま。
 『ニタァ』と音がしそうなほど、ふたりは意地悪そう(嬉しそう)な笑みを浮かべ、姫を見つめる。

(さて、鉢かぶりは何て言って断るかしら。その綺麗な顔が泣き顔になるのが楽しみ!)

「ぐふっ」
 思わず笑い声が漏れて、慌てて口元を押さえたいちひめである。

(わかりやっす!)
 見物席にいる明石は、いちひめとにのさまを見て吹き出しそうになった。

 あの方たちは、鉢かぶりどのを嬲り者(なぶりもの)にするおつもりなのだな。高貴な方々でも、やることや考えることは下品な(えげつない)もんだなあ……。

 宰相君は、はらはらしていた。
(和琴なら私は得意だから、姫の代わりに私が弾いてやってもいいのだが)

 彼が中腰になった時、姫は宰相君のほうを見て微笑んだ。
 姫の表情は自信たっぷりに見えた。
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