鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

宰相君の母君、姫を大いにお褒めになる

「にのさま、途中で演奏をおやめになった判断は素晴らしいです。笙はちょい邪魔でしたし」
 母君の言葉は少し失礼であったが、にのさまは殊勝らしく頷いた。

「いちひめ、あなたの琵琶の腕前は流石としか言いようがありません。ですが、もう少し他の楽器を慮って(おもんばかって)弾くべきでした」

 母君は、いちひめに噛んで含めるように言った。
 それから姫に向かって言葉を掛けた。

「あなたの和琴の見事さよ! 和琴は全ての楽器の中で最も格上であるのに、他の楽器を引き立てるように演奏するなど、中々できることではありません。姫、さあ、もう一曲。次は、おひとりで和琴を奏でてたもれ」

 姫は、北の方からのお褒めの言葉が信じられない思いである。
「私ひとりで、でございますか?」
 声が震える。

「ええ。皆、聞き惚れていますよ」
 母君に励まされるように言われ、姫は見物席を見回す。
 上臈も(偉い人も)下臈も(そうでない人も)関係なく、皆うっとりしているのか、広間は静まり返っていた。

 それを見た姫は、もう一曲、奏で始める。
 亡き母が、姫の手を取って、初めて指導してくれた日のことを思い出しながら。

右手(利き手)(ばち)を用いて弾くのですよ。でも、合間に左手の指で弾くと、音に広がりが出ます』

 大好きなお母さま……。
 お母さまと私は、いつもずっと一緒でしたね。
 お母さま、私の演奏が聴こえていますでしょうか?

 演奏を終えた姫に、山蔭卿が声を掛けた。
「姫、是非もう一曲! もう少し飲みたいので」
 姫は微笑んで演奏を続ける。
 花が綻んだような姫の微笑に、卿はうっとりと見惚れた。

(鉢かぶり姫の演奏を酒のアテ(酒の肴)にするとは、なんという痴れ者(しれもの)山蔭卿(おっさん)は、姫の腕前を舐めてんのか? しかも鼻の下、伸びきっているし)
 母君はジロリと夫を睨みつける。

「次は歌を詠んでいただきますよ」
 母君が嫁御たちに声を掛けた。
 いちひめとにのさまは、ことごとく負けている流れに動揺していたが、まだ “歌” と “書” があるではないか、と気を取り直した。
 
「歌でございますか?」
 遠慮気味に尋ねる姫に、
「さ、先ずはあなたから」
 いちひめが命令する。
 傍では既に、大蔵が和紙と筆を用意して待っていた。



【註】
 痴れ者)愚か者
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