鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

宰相君の御栄達、そして溺愛

 宰相君は、山蔭卿の後継者として大内裏(だいだいり)に出仕するようになった。
 彼は次第に、御上(みかど)のご寵愛を受けるようになっていく。

 宰相君の取り回しや話の面白さ、頭の良さ、全てが御上のお気に召したのである。
 彼は大和、河内、伊賀の三国を賜る、という異例の大出世を遂げることになったが、誰も異を唱えることはなかった。


 ある日のこと、御所で宰相君は懐かしい人と再会した。姫の鉢が取れた日の前夜、山蔭卿の屋敷で宴を共にした博士である。

 実は、博士は宰相君のことを、『世に優れた方はたくさんいらっしゃいますが、心から信用できる方は、そうそうお目にかかれません。彼は多分、その数少ないお一人です』と、御上に推挙してくれていたのだ。

 宰相君は、改めて博士にお礼を言った。
 博士は目を細めて言う。
「お礼を言われることではありません。私は、自分の見る目があることを嬉しく思っていますから」

「ありがとうございます。今後も、より一層政務に励むつもりです」
「奥様は、お元気でいらっしゃいますか?」

「はい。あの日、博士どのが下さった御守代わりの書付が、妻と家を出る後押しをしてくれたのです。あの書付のおかげで不安が無くなりました。書付の存在は、妻には内緒にしていますが」
 宰相君は、いたずらっぽい目をして微笑んだ。

「それは良いご判断だ。ご夫婦といえど、全てを言う必要はない。お幸せに」
 博士も笑う。

 博士と別れた後、宰相君はふと思った。
(姫は、未だに自分の出自を教えてくれない。きちんと養育された高貴な身分の方とは思うのだが)

 以前、尋ねた時は、姫は困ったように黙り込んでしまっていた。
 それは、『言いたいけれど言えない』という様子であった。

 実は、姫のほうは、夫に隠し事はしたくないと思いつつ、自分の事を全て話すと、父上や継母に恥をかかせることにならないか心配していたのである。
 宰相君は、姫のそんな様子を見て、追及することはやめた。

「あなたが何処の生まれで、どういう御身分だったか、そんなことはどうでもいい。ただ、私を置いて天に帰ったりしないで下さいよ。……そうか、天女の羽衣を私が貰っておけばいいんだった!」

 ふざけるように言って、宰相君は姫の着物を一枚また一枚と脱がせていく。

「これでもう、あなたは何処へも行けませんよ」

 かきくどくように言う宰相君は、姫の体に夢中である。
 秋の夜は長く、恋人たちにとっては短い。
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