鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

備中守は何もかも捨てた

 姫が幸せに暮らしていた頃、姫の父君である備中守の家は悲惨なことになっていた。
 後妻の北の方は、元々の我の強さ、底意地の悪さに年々磨きがかかり、夫婦の仲はすっかり冷え切っていた。

 彼女の吝嗇(どケチ)さや、きつい物言いに嫌気がさして、暇を申し出る女房及び逃げ出す下人が増えて、手入れする人もいない屋敷はすっかり荒れ果ててしまっている。

 備中守が毎日懐かしく思うのは、亡くなった先妻と娘のこと。
 とりわけ “鉢かぶり姫” のことを思うと、悔やんでも悔やみきれないのである。

 あのような化生(バケモノ)の姿をしていては、どこに行っても忌み嫌われ爪弾きされ、まともな暮らしは出来ていないだろう。
 それどころか、何処かで野垂れ死にしているかもしれない。

 娘を追いやってしまったのは、他ならぬ自分。
 北の方の口車に乗せられ、あらぬ疑いをかけてしまった愚かな自分。
 鉢を載せられる前の、幼い日の愛らしい姿を思い出しては涙に暮れる父君であった。

 毎日そんなことばかり考えていては、北の方を責める思いが言葉の端々から伝わってくる。
 当然、北の方も面白くない。
 ある日とうとう、ふたりは衝突した。

「そなたのせいで、可愛い娘を追い出してしまったのは一生の不覚だ」

「私だけが悪いのですか? あの化生が私たちを呪っていたのは本当のことではありませんか。そして、あれを追いだすことにしたのは、他ならぬあなたでしょうに!」

 それはそうだ。
 悪いのは自分である。
 備中守は、もう何もかも嫌になり、家を出ることにした。

 北の方との間に出来た娘が、
「お父さま、私とお母さまを置いて出て行かれるというのですか? 私たちはこれからどうすればいいのですか!」
 と、泣きながら追い縋ってくる。

 しかし、備中守は「すまない」とだけ言い残し、托鉢の旅に出てしまった。
 もはや、この世にいないであろう(鉢かぶり)への贖罪の旅である。

 貴族として長年暮らして来た彼にとっては、とても厳しい旅であったが、辛い目に遭えば遭うほど、亡き妻や鉢かぶり姫に対してお詫び出来るような気がする。それを励みに、毎日経を唱えて歩き続ける彼であった。
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