鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

姫、父君と再会す

 ある日のこと。
 宰相君御夫妻は、御栄達のお礼に、長谷観音にお参りすることにした。

 よく晴れた秋の日、お子様たちを連れた大行列、宰相君御一行は出発した。きらびやかに飾り立てた行列が初瀬に到着し、さて観音様にお礼しようとなった時のこと。

 観音様の御前(おんまえ)で、ひとりの托鉢僧が熱心に経を唱え、拝んでいる姿があった。
 宰相君の供奉(ぐぶ)の者が、それを見咎めて托鉢僧に言った。
「それなる坊主、御堂は狭いのに邪魔である。そこを退け」

 年老いて薄汚い托鉢僧は、慌てて御堂を出て行った。
 彼は、御一行に見とれている様子だったが、綺羅綺羅しい(美しい)御子たちの姿を見るや、さめざめと泣き始めた。

 供奉の者が、「なぜ泣いているのか?」と尋ねたところ、托鉢僧は自分の氏素性や身の上話を始めて言うには……。
「あのお美しいお子たちが、私の死んだ娘にそっくりなのです」

 供奉の者は、(寝言を言うてるし。托鉢は難行苦行やから、物狂ひ(あたおか)になってしもたんか。可哀想に)と、哀れに思った。
 彼は、同輩に托鉢僧の告白を話した。

 すると、話に興味を持った同輩が、違う供奉に伝え、その供奉はまた違う供奉に伝える。
 最後は、姫に付き従っている明石の耳に入ってきた。

「なかなか興を惹かれる(面白い)話を聞きましたよ。備中守という身分高い人が、托鉢僧に身をやつして、亡き妻と娘の菩提を弔っているそうです。お気の毒なことですなあ」
 明石が大蔵に話したところ、近くにいた姫はそれを聞いて驚愕した。

「まさか……?」
 姫は、その托鉢僧を連れてくるよう、明石に命じた。

 しばらくして明石に連れて来られたのは、年老いて痩せこけているが、紛れもない懐かしい父であった。

「なんとしたこと! そなたは、わしの可愛い娘御であるまいか? ご無事だったのか!」
 備中守は、人目も憚らず声を上げて泣き出した。

 姫は嬉しさのあまり、備中守に駆け寄る。
 二人は互いの手を取り合った。

「お父さま、どうしてこのようなお姿をしていらっしゃるのですか?」
「わしのことよりも、そなた、鉢が取れたのか? よかった! お美しく立派になられて。今はお幸せじゃな?」

 姫は「はい」と頷き、今の幸福な暮らしぶりを語った。
「で、お父さまは?」

 再度、姫に尋ねられ、備中守は托鉢に出た経緯(いきさつ)を話した。
 すると……。



【註】
 供奉)高貴な人や主人のお供をすること
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