鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

これからも、ずっと……

 備中守は目をこすり、薄暗がりの中で佇むふたりの男性を見る。
「お義父上(ちちうえ)と呼ばせて頂きたいのですが」
 ふたりは宰相君と明石であった。宰相君の凛とした声に、思わず(こうべ)を垂れる。

「備中守さまの大事な娘御を、勝手に娶り(めとり)ました御無礼、お許し下さいませ」
 宰相君の挨拶に、さらに頭を低くして備中守はお辞儀した。

「宜しければ、私どもが借りております宿のほうに、ご一緒して頂けませんか?」

 宰相君御一行は、初瀬の里に別荘を持つ国司殿に、前もって一夜の宿を依頼しており、御一行は既にそちらに移動していたのだ。

 宰相君に誘われた備中守は、国司の別荘で久しぶりに温かな湯浴みをして、ご馳走を食べることが出来た。しかしその際も、姫は一切顔を見せることはなかった。


 翌日、備中守は、明石と数人の供奉(ぐぶ)に護られて交野まで帰った。

 宰相君の竹の御殿に戻って来た明石は、交野の屋敷の荒れ果てた様子を御夫妻に伝えたところ、宰相君は早速、建物や庭を修繕するよう手配する。

 姫は、夫に改まった礼を述べた。
「格別のご配慮をありがとうございます」
 
「私は、義父上にお子たちの後見人になってもらうつもりです。すぐにでも河内国をお任せしたいと思っているのですが」

 宰相君の提案に、驚いて目を丸くした姫であったが、すぐに夫に返事した。
「今少し、お待ち下さいませ。父上が継母上(ははうえ)と、再びやり直せる時まで」

「その時まで、あなたはお父上とは会わない、お子たちにも会わせないおつもりか?」

「はい」

 答える姫の、一点の曇りもない澄んだ瞳に、宰相君は揶揄う(からかう)ように言った。
「あなたが、こんな情の強い(じょうのこわい)人だと思わなかったな」

「私をそうさせたのは、宰相さまですわ」

「え?」

「貴方は、何があろうと私をお見捨てされなかった。どんな時もお味方でいて下さった。それは、生半可(なまはんか)な覚悟ではないと思います。父上には、それ(覚悟)が足りないのです。あの時、私を捨て継母上を選んだからには、生涯かけて継母上を大事にすることを貫き通すべきなのです」


 ーー私は、観音様のお導きで、流されるようにここに辿り(たどり)着いた。
 でも、私はこの手に掴んだ幸せは離さないーー

 姫は夫を見て微笑んだ。そのふんわりとした笑顔の下には強い意志が隠されているのを、宰相君は知っている。


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