鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

父の怒り

 やがて姫の泣き声は、近くの住民の噂に上るようになった。

「この世に恨みを残して死んだ者が泣いているのだろうか?」
「怖い怖い。しかし、泣き声を聞いた者の話だと、時間を忘れて聞き惚れてしまうほど美しい声だとか」
「それは間違いなく “(あやかし)” じゃ! うっとりしていると、あの世に連れて行かれるぞ!」

 噂を聞きつけた北の方は、『千載一遇の機会が来た!』と喜んだ。
 近ごろ毎日のように、姫が亡母の墓参りに出かけていることは知っている。下人(げにん)に命じて、姫の後をつけさせ、彼女の動向は全て把握していた。

 満を持して、北の方は備中守に姫のことを讒訴(ざんそ)した。
「あなたさまと私、そして、まだ幼い私たちの姫のことを、鉢かぶり姫は毎日呪っているとのことです」

 備中守は絶句した。
 普通の親なら、そのような讒言(ざんげん)は信じないであろう。

 しかし、北の方は一年以上にわたって、姫の悪口を言い続けていた。それらの悪口は、全てでっちあげや言いがかりのようなものだったが、この愚かな父親の心には、毒針のように突き刺さっていたのだ。

「姫を呼びなさい」
 備中守に呼ばれ、久しぶりに主殿を訪れた姫は、入り口で立ちすくんだ。ただならぬ気配を感じ取ったからである。

「姫! そなたは何と恐ろしい娘なのだ! あまつさえ、そなたは実の母を早くに(うしな)い、このような化生(けしょう)の姿に成り果てて不憫に思っていた。それも、心根は美しいと知っていればこそだったのに。そんな私の信頼を裏切るとは」

 父にいきなり怒鳴られ、姫は立っていられなくなった。へなへなとくずおれるようにその場にしゃがみ込み、訳も分からないまま鉢の頭を下げた。

「そなたのような不届者は、この屋敷に置いておくわけにはいかない。さっさと出て行け! 二度とそなたの姿など見たくもない!」

 突然の備中守の叱責に、姫は驚きのあまり固まったようになり反論も出来ない。しかし、姫のその態度が、逆にふてぶてしく父君の目には映ったのである。

 傍にいる北の方は、憎々しげに姫に言い放つ。
「姫、あなたが毎日、私たちを呪詛していることは知っております。さあ、早くここから出て行きなさい!」

 それが、北の方が屋敷に来て初めて姫に掛けた言葉だった。



【註】
 下人)貴族の家の召使い
 化生)妖怪
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