鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

川に身を投げる

(屋敷を出て行け?)
 姫は、自分の身に起きていることが信じられない。

(私のことを継母(ははうえ)が恐れて嫌うのは当然かもしれない、こんな姿だもの。でも、やってもいない呪詛を疑われ、二度とお前を見たくないとまで父上から言われるなんて!)

 姫は女房たちによって、着ていた美しい着物をはがれ、みすぼらしい帷子(かたびら)を着せられてしまう。更に、肩や背中を何者かに背後から掴まれた彼女は、驚いて「えっ!」と小声で叫んだ。

 そのまま彼女は、渡殿から屋敷の門まで引きずっていかれた。彼女を屋敷の門の外まで連れ出したのは、複数の下人たちである。

 外に出ると、彼らは急に姫から手を放した。そのため、姫の体は地面に叩きつけられた。
 姫は全身を強く打った痛みにうめいた。
 下人たちは、そそくさと屋敷の方へ戻って行く。

「姫さま、悪く思わないで下さい」
 ひとりの下人が申し訳なさそうに言うと、慌てた様子で門を閉めてしまった。

 しばらくその場で呆然と座り込んでいた姫だったが、そろそろと立ち上がった。
 悲しすぎて涙も出ないが、ひりひり痛む顔をこすってみた。手には涙ではなく泥と血がついた。

 やがて、彼女は歩き始める。
 どこに行く宛もないけれど。

 こんなことになったのも運命かもしれない。
 異形、かたわ、化生、と散々な言葉を投げつけられ恐れられている自分。父親にも見限られた今、もはやこれまで。

 痛む心と体を抱え、とぼとぼと歩いているうちに、姫は川のほとりに来ていた。

(大きな川。そうだ、この川に身投げすればよいのだわ。お母さま、ただ今参ります)

 姫は、心の中で経を唱え、川の中にざぶざぶと入って行った。
 やがて、深いところまで来て、急な流れに足を取られた。

「あ!」

 そのまま川底に沈む、と思いきや、彼女の体はぷかぷかと浮いて、流れに乗って下流に運ばれて行く。どうやら、鉢のおかげで浮いているらしい。

 姫はどうすることも出来ず、川の流れに身を任せて漂うしかなかった。


 幸いなことに、その川では、小舟を操って漁をしている漁師がいた。彼は鉢に気づき、「あれは何じゃ?」と網を取り、鉢を(すく)おうとした。

 ところが、鉢の下に少女の体があるのを見つけ、彼は仰天した。
 流れてきたのが人間だと気づいた彼は、見つけたからには助けなければならない、と必死で姫を引き上げたのだった。



【註】
 帷子)単衣(ひとえ)の衣服
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