鉢かぶり姫〜異形姫は平安貴公子に永遠の契りで溺愛される

山蔭卿の館

 突然、声をかけられた姫は立ち止まった。
 後ろを振り向くと、自分の後方の道いっぱいに、黒山の人だかりが出来ている。その人たちは皆、自分に興味津々の様子。

 声を掛けてきた若い男は、好奇心からか目を輝かせている。背は高くないが、筋肉質の童顔の男であった。

「……なんでございますか?」

「急な申し出で失礼とは思いますが、我があるじの屋敷にお越し頂くわけにはまいりませんでしょうか? ほら、あそこです」

 男が指差す(かた)には、姫が立っている場所まで長々と続く、茅葺き屋根の付いた生垣(いけがき)、さらに立派な門が見えた。その門前で、貴族らしき男性がポツンと立っている。

 姫はよくわからないまま、声をかけてきた男について行くことにした。そんな気になったのは、この若い男が自分に対して丁寧で、 “人間扱い” してくれたからかもしれない。

 男の主人である貴族は、父と同じくらいの年齢の人に見えた。彼も、姫に対する好奇心を隠すことなく尋ねてくる。

「そなたは何故、そのような(なり)で歩いておるのじゃ? そもそも、そなたは人間か?」
 
 姫はどぎまぎして返事できなかった。
 その様子をどう捉えたのかわからないが、若い男が笑って質問を遮ってくれた。

「中将さま、屋敷内で存分にお話しなされませ」
「それもそうじゃの!」

 中将と呼ばれた貴族の男性は嬉しそうに言うと、くるりと体の向きを変えて、さっさと屋敷に向かって歩き始める。

「さ、あなた様も」
 若い男は、相変わらず丁寧な言葉遣いだった。


 こうして屋敷内に招かれた姫は、山蔭中将の質問攻めにあう。
「何処から来た? 何処へ行くつもりか? 何故(なにゆえ)そんな鉢をかぶっているのだ?」

「私は、母に早く死に別れた上、このような恐ろしい姿になってしまったので、家を出て彷徨(さまよ)い歩いていたのです」

 中将は、屋敷で働いている家来や下人を呼び、姫の鉢を取らせようとしたが、もちろん外れることはない。
 不思議なこともあるものよ、と中将は驚きつつ尋ねる。
「して、そなたはこれからどうするつもりだ?」

 姫は返答に詰まる。
「特に行く宛もございません……」
「ふむ、そうか」
 中将は、これも何かの縁ではないだろうかと思った。
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