オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。

真実



「伊藤さん。今日もお疲れ様」
「…ありがとうございました」

頭を1回下げ、ゆっくりと部室を後にする伊藤さん。
……眼鏡を掛けたまま。



結局、伊藤さんのこと…本当に何も分からない。



オタク全開の時の饒舌はどこへ行くのか。
眼鏡を掛けると、本当に喋らなくなる。



「…あ、大井先生。お疲れ」
「田所先生。お疲れ様です」


部室から職員室に戻っていると、反対側から田所先生が歩いてきた。

1年2組。
伊藤さんのクラスの担任だ。


「文芸部終わった?」
「はい、終わりました」
「あーそうかぁ。いや、伊藤の様子を見に行こうと思ったんだが、少し遅かったな」

そう言いながら腕を組んでいた。

「伊藤さん、何かありましたか?」
「…ん、大井先生は知らないか」
「何をでしょうか」

田所先生は少し首を傾げながら、小声で話し始める。


「いや、伊藤はひとり暮らしなんだ。精神的にもあまり安定していないし。ちょっと注意深く様子見をするよう言われているんだ」
「……え、ひとり暮らし?」


ひとり暮らし。
精神的に安定していない。

初めて出てくる伊藤さんの情報に、少しだけ動揺した。

「何で、ひとり暮らしなんですか」
「……それが、ご両親は居ないんだ」


…遠くから来ているとか。そういうこと?
とはいえ、わざわざ来る程の魅力がこの学校には無いが。


「……居ないってどういうことですか」
「ここだけの話な。…ご両親と死別だとよ。彼女が中学1年生の時らしい。生活費は払うけれど引き取らないっていう親戚ばかりで。その頃からひとり暮らしをしているみたいよ」
「……」


……全然、知らなかった。


部活ではそんな素振りを全然見せないのに。
こんなにも大きな事情を抱えていたなんて。



「結構扱いにくいと思うけれど、根は良い子だし真面目だから。文芸部でも上手く行っていると良いなと思って」
「…文芸部、頑張っていますよ」
「そうか。まぁ、大井先生と2人だから。そこまで気を張らなくて良いのが逆に良かったかもな」


じゃあ、部活はまた見に行くよ。
そう言い残して、田所先生は去って行った。






「…………」





率直に伊藤さんのこと、より詳しく知りたいと思った。



「話したら楽になることもあるし、明日聞いてみようかな…」



田所先生から聞いた話に酷く驚いたが、伊藤さんの本音部分を聞くことができるチャンスだと思う。



「網本さんが言っていた、俺も知っといた方が良いことって…これのことかな」



この前、眼鏡有りの伊藤さんは話すことを拒んだ。
だから次は、眼鏡無しの伊藤さんと話してみれば何か話してくれるかもしれない。




話を聞いて、伊藤さんが楽になれば…。
そう思い頑張ろうと、俺は自分を奮起した。














< 10 / 17 >

この作品をシェア

pagetop