オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。
「そりゃ…怖いですよね。知らない1年生に突然『柊弥たそ』って言われて、讃え崇められて…冷静に考えると意味分からないですし恐怖ですよね」
ケラケラと笑う網本さん。
彼女も変な子だと思っていたけれど、あれら全て演技で、ここまでしっかりとした子だったなんて。
全く…気が付かないものだ…。
「ねぇ先生、やり方は間違ったかもしれないけれど。そうやって小夏を気に掛けてくれていたのは良かったと思います」
「明日、部活に行くよう私から伝えておきます。…何だか、漠然とですけど。…大井先生は、小夏を救うヒーローになりそうな予感がするのです」
そう言い残して、網本さんは中庭の清掃に戻って行った。
「…はぁ」
つくづく実感する。
俺、全然駄目だな。
伊藤さんから聞き出す前に、網本さんに聞けば良かった。
毎日考えてもらっていた俳句にも、伊藤さんの心情が少し出ていたのに。
それすらも気が付かず、話して貰おうとムキになって…。
「俺も…まだまだだな…」
『柊弥たそ、お疲れ様でござる!』
『拙者は、推しを愛でる小説を書くでござる!』
ふざけているような、あの喋り方。
行動、仕草。
怖すぎて眼鏡を掛けることを強要したけれど。
あれら全て……傷付いている伊藤さん自身を隠す為の仮面だった。
眼鏡を掛けた時もそう。
どちらの伊藤さんも、自分を守るために時間を掛けて作り上げた仮面。
高校教師になって、5年目の春。
そんなことに気が付かず、愚かな俺は傷を抱えた1人の生徒を更に傷付けた。