オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。
寄り添い
「…失礼します」
翌日の放課後。
早目に文芸部の部室に行き、鍵を開けて伊藤さんを待っていた。
「伊藤さん、こんにちは」
網本さんがきちんと言ってくれたのだろう。
久しぶりに来てくれた。
「…こんにちは」
眼鏡を掛けた伊藤さんは静かにいつもの席に座り、少し睨むような目付きで俺の方を見ている。
少し怒っているような伊藤さん。
俺は…何も聞かず、ただ一方的に…伊藤さんに話し掛けることにした。
「伊藤さん、何も答えなくて良いから。ただ、俺の話を聞いて」
「まずは…この前は申し訳なかった。無理矢理話して貰おうとしたこと、間違っていたよ。本当にごめん」
「話したら楽になるかもって思っただけだったんだ。…そんな短絡的なことでも無いってこと、知らずに…」
「伊藤さんは嫌だったかもしれないけれど、田所先生と網本さんから話を聞かせてもらったんだ」
無表情のままの伊藤さん。
その目に光は無く、ただただ一点を見つめながら俺の話を聞いていた。
「寂しく、辛く、甘えたい時期を1人で過ごして…頑張ってきたこと、尊敬している」
「長く辛い時期を1人で過ごしてきたから。作り上げた仮面を取るには時間が掛かるかもしれない」
「けれど…伊藤さん。せっかく文芸部で俺と出会えたんだ」
「すぐには難しいかもしれないけど…」
「苦しく辛い思いをしている君を支え、その暗闇の中から救い出したい」
ゆっくり、ゆっくりと。
一文字ずつ噛みしめるように、言葉を発する。
無表情だった伊藤さんの表情は、少しずつ崩れ始め…
「…簡単なことでは無いと分かっている」
「でも、大丈夫」
「伊藤さん、大丈夫。本当の君を俺に見せて」
「そして、いつでも俺に甘えておいで…」
その目から、一筋の涙が零れ落ちた。
同情しているわけでもなく。
後悔の念から来ているわけでもなく。
教師としてという以上に、俺個人として…伊藤さんのことが気になる。
何故かそんな感情で、胸がいっぱいになっていた。
この日は大人しく俺の話を聞くだけで、伊藤さんは一切言葉を発することは無かった。
しかし、伊藤さんの中で何らかの心情の変化があったようで。
翌日から…いつも通り部活に来てくれるようになった。