オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。

「柊弥たそー!! 本日もお疲れ様でございます!! 本日も尊き柊弥たそを拝顔できること、拙者…この上なく喜びを感じるでござる! 麗しきその姿…それはまるで、華の如く!!」

「お疲れ様、伊藤さん」


前までと同じく、オタク全開な伊藤さん。
その様子に安心感を覚える。


『柊弥たそ』って呼ばれることについても、そこまで嫌だと感じなくなっていた。



「…大井先生」
「…え?」


急に声のトーンが変わった伊藤さん。
振り返ると、いつの間にか眼鏡を掛けていた。


「あれ、伊藤さん。もう無理して眼鏡を掛けろとは言わないよ」
「…ううん、これは…自分の意思ですから」


そう言って首を振りながら、伊藤さんは俺に抱きついてきた。


「………」
「…私、ずっと誰かに…甘えたかった。小夏は強いね、頑張り屋だねって、沢山の人が言ってくれたから。その言葉通り…頑張って来た。でも、本当はね。私も甘えたかった」


その声は次第に震え始め、小さく嗚咽が漏れ始める。


「いつでも甘えておいでって言ってくれたの、大井先生だけだから…。責任を持って、甘えさせて下さい」


…驚いた。

想像もしていなかった言葉。
しかし、この言葉を発したのは…きっと他の誰でもない。


伊藤小夏さん、本人だろう。


そんな変化がまた嬉しくて。
俺もそっと伊藤さんを抱き締めてみる。


「勿論だよ、伊藤さん。俺で良ければ…いつでも甘えておいで」

「大井拓也でも良いし」

「『柊弥たそ』でも良いよ」


俺がそう言うと、伊藤さんは小さく笑った。


「大井先生は、変わり者だ…」

「…だけど、心の底から。本当に、ありがとうございます」


小さく、小さく呟いた。







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