オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。
恐ろしい2人を連れ、文芸部の部室に来た。
「緊張するね…」
2人は眼鏡を掛けて、スイッチを切り替えた。
…さっきからそうしてくれていても良かったのに。
「ここが、文芸部の部室だよ」
そう言いながら扉を開く。
しかし、中には誰もいない。
「文芸部はね、3年生が2人いるのだけど、2人とも幽霊部員みたいな感じ。文化祭の出し物はするんだけど、日頃の活動には顔を出さないんだ」
昨年度までは現3年生と卒業生の計5人だった。
現3年生は変わらず幽霊部員だったけれども。
「…誰も、いない」
伊藤さんはそう呟いた。
そして、2人はお互い顔を見合わせて眼鏡を外し、ハイタッチをする。
「ウヒョーッ!! ということはですよ? 拙者たちの貸し切りになると言うことでござるか!?」
「小夏殿、そう言うことですな…!! うぅ…小生、感激のあまり涙が…!!」
「………」
思わず白目を剥きそうになった。
この2人…やっぱりおかしいぞ…。
思考が一般の生徒たちからかなり掛け離れている。
恐ろしい。
率直に、恐ろしいぞ。この2人。
日頃、文芸部は来る者拒まずなのだが。
素直に入部させるのは少し微妙な感じがして。
俺は教師の特権を利用した。
「………分かった。2人とも、今日から1か月は仮入部にしよう。そこで体験をして、俺が認めたら入部届をあげるよ」
お試し期間。
良いよね、見抜くくらい。
仮入部という言葉を出すと、2人は膝から崩れ落ちながら頭を抱えて俺の方を見た。
「しゅ…柊弥たそ…お試しさせるでござるか…」
「そんなの、鬼畜の所業だ…!!!」
「何を言っても良いけれど。まずはあれだね、文芸部の素質があるかどうかだけ、見させてね」
崩れ落ちた2人は、やがて四つ這いになる。
頭を下げ、何やら唸っていた。
世の中には、変わった子もいるものだ…。
そう思うと同時に、この子たちが言っていた単語について少し調べてみようと思った。
業務終了後、職員室に残りパソコンで調べ物をする。
2人の言っていた言葉を、粗方メモをしておいた。
それについて調べてみる。
まず『柊弥』とは。
『きらめき☆フォーエバー』というアニメに登場するキャラクター。
煌 柊弥。22歳。職業、アイドル。
……確かに、髪型は俺と同じかも。
似ているかって言われたら似ていないけれども。
そして『たそ』とは。
ネットで用いられる敬称のひとつ…。
所謂『さん』とか『君』と同じ意味かな…。
「………」
未知の世界すぎて、もう頭が痛くなってきた。
怖い、怖い。
別に、アニメが好きな人を拒絶するわけでは無いけれど。
あそこまで見境を無くしていると流石に怖い。
一人称も語尾もおかしかったよね。
あれがあの子たちの世界では普通なのかな。