オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。

「どうぞ。どこでも、好きなところ座って」
「……はい」

大人しく部屋の1番端っこの席に座り、窓の外を見る伊藤さん。


……本当に、別人のよう。


さっきまでの勢いはどこに行ったのか。
席に座った伊藤さんは、大人しく黙り込んでいた。





ずっと眼鏡を掛けていればいいのに。





「………」




しかし…何だろう。
どこか、物憂げな様子の彼女。


静かに窓の外を見ている伊藤さんは、何だか儚くて…今にも消えてしまいそうな…。

そんな雰囲気を醸し出していた。



「…ねぇ、伊藤さん。君が文芸部でやりたいことは何?」
「………」


チラッとこちらを見て、また窓の外を向いた伊藤さん。

少し黙り込んだ後、小さく言葉を発した。


「よく考えたら『私』は、ここでやりたいことは無いです」
「……どういうこと?」
「………」


ゆっくりと眼鏡を外す。
すると、また目付きが変わり、椅子から勢いよく立ち上がった。


「ドゥフッ!! 拙者、凛々子殿の意志を継いで、推しを愛でる小説を執筆する所存でござる!! 最終目標は同人誌の発行でござるよ!!」


ガッツポーズをして、興奮気味にそう言う伊藤さん。
テンションの差が激し過ぎて、俺の脳が全く追い付かないが、ここは冷静に…冷静に……。


「…………分かった。じゃあ、まずは俳句を書こうか」
「は…俳句!? 拙者の話を聞いたでござるか!?」


推しを愛でる小説が何か知らないし、知りたくもないけれど。
少なくとも小説を書くなんて、まだ先の話。


「うちの文芸部の基礎なんだ、俳句」
「柊弥たそが文芸部で何をしたいか聞いてきたでござるよ!?」
「うん。だけど小説を書くなんて先の先だから」


伊藤さんは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
これ、昨日も見たな。


「ググ…ッ、拙者を罠に嵌めたでござるか…」
「罠と言うか。昨日言ったじゃない。仮入部だって。何をするにも、仮の間は俺に決定権がある」
「…そ…そうであったな…」


…本当に別人みたい。

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