オタクな生徒が俺を「柊弥たそ」と呼び、讃え崇めてきます。
それから伊藤さんは、1日も欠かすことなく文芸部にやってきた。
部室の外で顔を合わせる時は眼鏡をしていないため『柊弥たそ』と崇められるのだが、中に入る時に眼鏡を強制させるから、そこから大人しく普通に戻る。
この1ヶ月間。
伊藤さんは真面目に、俳句を作り続けた。
言われたことをコツコツと、丁寧に。
「伊藤さん。1ヶ月経ったから…君を文芸部への入部を認めるよ。仮入部、お疲れ様でした」
「…ありがとうございます」
眼鏡無しの伊藤さんなら飛び跳ねて喜ぶのだろう。
しかし、今の伊藤さんは窓の外を見たまま小さく頷くだけだった。
「……ねぇ、伊藤さん」
「はい」
「この前、網本さんが言っていたこと、教えてくれない?」
「……何のことですか」
網本さんは伊藤さんに関して『先生も知っといてもらった方が良いこと』があると言っていた。
しかしそれについては眼鏡無しの伊藤さんがはぐらかし、真相は不明なままになっている。
「知らなくて良いこともあります」
「そうだけど、顧問になるんだから。俺にも権利はある」
「……」
チラッと俺の方を見て、また窓の外に視線を向ける。
「……いえ、知らなくて良いです」
「…あら……そう」
……強要は、できない。
できないけれど、そこまで話せないことって何だろう。
伊藤さんの謎は…深まるばかり。
「まぁ、いいや。今日も俳句をしよう」
「はい」
…実は。最近、少し気になることがある。
部室では眼鏡をかけるように言っているから。
もしかして彼女の感情を、無意識のうちに抑圧しているのでは無いか…と。
『眼鏡無しの伊藤さん』は小説を書きたいと言っていた。
『眼鏡有りの伊藤さん』はやりたいことが無いと言っていた。
そんな彼女の思いを…俺が抑圧しているのでは………?
話をしてくれないから、その真意すら分からないけれど…。
何だか、妙に罪悪感を抱いた。