冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う「その後のお話し」
次の日、もちろん朝イチに病院に連れて行った。

昨夜よりは顔色も若干戻っているから、悪い結果ではない事筈だと祈り、ひたすら待合室で待つ。

職場には連絡して半日休暇をお願いしてある。俺が居なくても彼等は大丈夫だ。

そして…診察室から神妙な面持ちで出て来た莉子が、俺を手招きする。

どうしたんだ?と、少し怯えながら中へ入ると看護婦にイスに座るように促される。

「あの…どのような診断が?」

自己紹介もそこそこに、俺は心配し過ぎてどうにかなりそうな頭をフル回転させ、先生に詰め寄る。

白髪の初老の医者はゆっくりと口を開く。

「…おめでたですね。おめでとうございます。」
司は瞬間、驚き固まる。

「…おめでた?」
この時の俺は、思考回路がショートして既に頭が働かなくなっていた。

無意識に隣に座る莉子の顔を見つめる。

すると満面の笑みを向けてくるから、無意識的に笑い返す。

「今、妊娠3ヶ月目に入ったところです。悪阻が始まって体調を崩したようですね。」

俺はそこでやっと思考が追いついて、おもむろに莉子のお腹を見つめる。

3ヶ月前といえば丁度イギリスに行っていた頃だ。
仕事で忙しく、莉子の体調も心配で夜の嗜みは考慮し、数えるほどしかしていなかったはずなのに、と司は頭の中で思考を巡らす。

「しかしなぜ倒れたのでしょうか?妻は家に帰ったら床に倒れていて…。」

そこからしばらく医者と押し問答を繰り返し、この医師が持っている知識や情報を、出来る限り引き出し、メモまで取り、妊娠についてのあれこれを聞き出す。

「旦那さんはやけに熱心だ。新聞記者か何かかね?」
と、医者に笑われたくらいだった。

◆◆◆◆◆

帰りの車の中、いつもより安全運転で出来る限り、平らな道を選び揺れないように、家への道のりを選んで帰る。

その道中に、莉子の好きそうな食べ物屋を見つけては立ち寄り、買いに走る。それと言うのも、先程の医者から妊婦は貧血になりやすく、栄養不足になり倒れやすいと聞いたからだ。

それに、食べてはいけない物もあるし、もう少し赤ちゃんが大きくなると、悪阻が始まり食べ物を受け付けない日もあると聞いた。

「司さん…こんなに沢山は食べれません…。」
そう莉子に言われ、改めて彼女を見ると俺が買い漁って来た、肉まんやみたらし団子、みそまんにあんぱんなど、膝に乗り切れない程の食べ物に囲まれていた。

「買いすぎたか?」
俺は我に返って反省する。

「私の為に、ありがとうございます。でも、あの…この時期に妊娠してしまって…申し訳ありません。結婚式も3ヶ月後に控えていましたし、司さんのお仕事にご迷惑を…。」

突然の莉子の謝罪にハッとして車を道端に止め、助手席に座る莉子を引き寄せ口付けをする。

これには莉子がえっと驚き、目を見開いで見つめられる。

「ああ、すまない。車内だという事も、こんな白昼堂々するべきではない事も重々承知だ。
だが、俺は浮かれてしまって、莉子にちゃんと気持ちを伝えてなかったと、反省している。」

そう言って今の率直な気持ちを話して聞かせる。

「とても嬉しい。俺と莉子の間に子を授かるなんて、奇跡に思える。神に感謝したいくらいだ。
時期なんて関係ないし、俺の仕事なんて全く気にしなくていい。結婚式は延期にしても構わないし、外部に向けてのお披露目会は…この際取りやめてもいい。」

「大丈夫なんですか?
お義母様やお義父様がガッカリしませんか?」

「そんな事より大事なのは莉子と腹の子の健康だ。身体に負担になる事は極力避けるべきだ。」

「分かりました。結婚式の事は司さんにお任せします。…喜んで頂けたのなら良かったです。」
莉子はホッとしたように微笑みをくれる。

「すまない解りづらくて…。」
狭い車の中では抱きしめる事が叶わず、莉子の手を取ってその甲にそっと口付けをした。その後、家に帰ってから俺の行動は素早かった。

莉子の家事の負担を減らす為、女中を数人実家から連れて来て欲しいと連絡し、ついでに結婚式の日程変更と披露宴の中止、自分の仕事量のセーブに家族への連絡も怠らなかった。

家の事は亜子が中心となり、実家から駆けつけてきた千代や顔見知りの女中達で、全て対応するようにお願いした。

妊娠が分かってからは過剰なほどに心配し、食事にも充分な配慮をした。

辛く厳しい悪阻を経て、やっと莉子の体調が落ち着いたのが9月終わり、少し気温も下がり秋らしい風も吹くようになった頃だった。

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