続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2
7話 前編
「ありがとうございましたー」
私は店を後にする常連客の背中を見送ると、うなされていた凛ちゃんのことを考えた。
真っ青な顔で、私に助けを求めているような目をした凛ちゃんを見た時、私は子供の頃の彼を思い出した。
子供の頃の凛ちゃんは、同級生にいじめられると、いつもあの夜と同じような顔をして泣いていた気がする。
やはり、凛ちゃんは今でも凛ちゃんのままなのだなと思った。
ぼんやりと考え事をしていると、新しい客が来店し、私はピシッと背筋を伸ばして「いらっしゃいませ」と会釈する。
やって来たのは、私と同年代くらいの見慣れない若い男性だった。
男性客はショーケースに並んだ商品を覗き込むと、「ハンバーグ弁当一つください」と言う。私は「かしこまりました」と言って、ハンバーグ弁当をショーケースから取り出した。
「……幸希?」
会計を済ませ、私が商品を渡すと、男性客は様子を窺うように私の名を呼んだ。
顔馴染みの常連客ではないはずのこの人が、どうして私の名前を?
疑問に思いながら彼の顔をジッと見ていると、二重でパッチリとした大きな目に、見覚えがあると感じた。
あれ?この目、どこかで見たことある気がする。
私が困惑していると、男性客は再び口を開く。
「俺のこと覚えてないかな?ほら、小中一緒だった……」
その言葉を聞いて、私はようやく男性客の正体に気づいた。
「大貴くん!?」
私が名前を呼ぶと、彼は照れ臭そうに、はにかんだ。
高嶺大貴――私の小学校と中学校の幼馴染で、かつて凛ちゃんをいじめていたガキ大将だ。
小学校時代の大貴くんは、乱暴な男の子で、大人しいタイプの同級生をよくからかっていた。そして、その筆頭が凛ちゃんだった。
毎日のように凛ちゃんのことをいじめる大貴くんに対し、私はいつも意地悪を止めるように叱っていた。そのため、私と大貴くんは仲が悪かった。
しかし、中学に上がると、大貴くんの素行は良くなり、私とも普通に接するようになっていた。むしろ、中学では、私たちは仲良くなっていた。
中学の頃の大貴くんの印象は、大らかな性格で柔道が強い大柄な男子だ。柔道に関しては、よく県大会で優勝していた気がする。
「うわー、久しぶり。大貴くん痩せた?最初、全然気づかなかったもん」
学生時代の大貴くんは、大柄でぽっちゃりとした少年だった。
しかし、目の前にいる彼は、スラッとした痩せ型で爽やかな男性だ。
あまりにも見た目が変わりすぎていたため、私は初め、彼が大貴くんだと気づかなかった。
「あははっ、大学の入学前にダイエットしたんだよ。まあ、大学デビューってやつかな?」
大貴くんは照れた様子で、襟足を掻く。
「幸希は相変わらずだな。一目見て、すぐ気づいたぞ。それに、実家継いだんだな」
「うん、まあね。そう言えば、大貴くんって、今この辺に住んでるの?」
「ああ、ちょっと前に、仕事の都合でこっちに戻って来たんだ」
「へぇ、お仕事、何してるの?」
「……不動産関係の仕事だよ」
大貴くんはニッと笑う。
私たちが近況報告で盛り上がっていると、店の扉の開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」と言って出入り口のほうを見ると、そこにはサラリーマン風の格好をした凛ちゃんがいた。
私はその瞬間、ドキッとした。
私は中学時代の大貴くんとの良好な関係性によって、小学校時代の彼への印象が上書きされている。
そのため、私は忘れかけていたのだが、大貴くんは凛ちゃんのいじめの主犯格だ。
元いじめっ子の大貴くんと、元いじめられっ子の凛ちゃんが鉢合わせてしまった。
これは非常にマズい状況かもしれない。
そして、大貴くんも凛ちゃんの存在に気づいて後ろを振り向いてしまう。
私は、目の前にいる男性が大貴くんであると、凛ちゃんが気づかないように祈る。
しかし、凛ちゃんは大貴くんの顔をジーッと凝視すると、あからさまな嫌悪の表情を見せた。
あぁ、これは確実に気づいている。
「ごめんごめん、俺、邪魔だよな」
大貴くんは私のほうに向き直ると、慌てた様子で謝る。
どうやら、大貴くんのほうは、後ろにいるのが凛ちゃんだと気づいていないようだ。
それもそのはずだ。サラリーマンのような恰好をしていても、凛ちゃんの顔つきは明らかに普通の人ではない。それに、背丈に関しても、今では凛ちゃんのほうが大貴くんよりもずっと長身だ。
まさか後ろに立っている長身で怖い顔をした男が、かつて小柄で泣き虫だったはずの凛ちゃんだと、大貴くんは夢にも思わないだろう。
「あぁ、いや、そんなことは……」
「邪魔だよな」という大貴くんの申し訳なさそうな言葉を聞いて、私は咄嗟に「そんなことはない」と言いかけた。
「もう帰るよ。じゃあ、またな」
大貴くんはハンバーグ弁当が入ったビニール袋を片手に持ち、足早に外へ出て行った。
私と凛ちゃんだけが残された店内には、気まずい空気が流れる。
「……今の大貴だろ」
私が何と切り出そうか悩んでいると、凛ちゃんのほうが先に口を開いた。
「……よく気づいたね。凛ちゃんと大貴くんが会うのって、十七年ぶりとかじゃない?」
「ふん。俺はな、嫌いな奴の顔は忘れない主義なんだよ」
凛ちゃんは明らかに苛立った様子で、眉間に皺を寄せる。
「……随分、仲良さそうに話してたな。昔は顔合わせるたびに喧嘩してたのに」
凛ちゃんは、そんな皮肉を吐き捨てる。
「あははっ、小学生の時はね。中学生の時の大貴くんは、真面目で優しい子だったから、結構仲良かったんだよね」
すると、私は凛ちゃんが不満げな顔をしていることに気づいた。
「あっ、ご、ごめん」
私は慌てて謝る。
凛ちゃんにとって、大貴くんは憎きいじめっ子のままだ。そんな彼の話なんて、凛ちゃんは聞きたくないはずだ。
「あ……、いや、謝ることなんかねぇよ」
凛ちゃんはばつが悪そうに顔を伏せる。
「……ちょっと、様子見に来ただけだから。俺、もう戻るわ」
凛ちゃんは私の目を見ずに、逃げるように背を向けて店を後にする。
彼の背中は、何だか悲しそうな、悔しそうな様子だった。
そんな凛ちゃんに対して、私は何と声を掛ければいいのか分からなかった。
私は店を後にする常連客の背中を見送ると、うなされていた凛ちゃんのことを考えた。
真っ青な顔で、私に助けを求めているような目をした凛ちゃんを見た時、私は子供の頃の彼を思い出した。
子供の頃の凛ちゃんは、同級生にいじめられると、いつもあの夜と同じような顔をして泣いていた気がする。
やはり、凛ちゃんは今でも凛ちゃんのままなのだなと思った。
ぼんやりと考え事をしていると、新しい客が来店し、私はピシッと背筋を伸ばして「いらっしゃいませ」と会釈する。
やって来たのは、私と同年代くらいの見慣れない若い男性だった。
男性客はショーケースに並んだ商品を覗き込むと、「ハンバーグ弁当一つください」と言う。私は「かしこまりました」と言って、ハンバーグ弁当をショーケースから取り出した。
「……幸希?」
会計を済ませ、私が商品を渡すと、男性客は様子を窺うように私の名を呼んだ。
顔馴染みの常連客ではないはずのこの人が、どうして私の名前を?
疑問に思いながら彼の顔をジッと見ていると、二重でパッチリとした大きな目に、見覚えがあると感じた。
あれ?この目、どこかで見たことある気がする。
私が困惑していると、男性客は再び口を開く。
「俺のこと覚えてないかな?ほら、小中一緒だった……」
その言葉を聞いて、私はようやく男性客の正体に気づいた。
「大貴くん!?」
私が名前を呼ぶと、彼は照れ臭そうに、はにかんだ。
高嶺大貴――私の小学校と中学校の幼馴染で、かつて凛ちゃんをいじめていたガキ大将だ。
小学校時代の大貴くんは、乱暴な男の子で、大人しいタイプの同級生をよくからかっていた。そして、その筆頭が凛ちゃんだった。
毎日のように凛ちゃんのことをいじめる大貴くんに対し、私はいつも意地悪を止めるように叱っていた。そのため、私と大貴くんは仲が悪かった。
しかし、中学に上がると、大貴くんの素行は良くなり、私とも普通に接するようになっていた。むしろ、中学では、私たちは仲良くなっていた。
中学の頃の大貴くんの印象は、大らかな性格で柔道が強い大柄な男子だ。柔道に関しては、よく県大会で優勝していた気がする。
「うわー、久しぶり。大貴くん痩せた?最初、全然気づかなかったもん」
学生時代の大貴くんは、大柄でぽっちゃりとした少年だった。
しかし、目の前にいる彼は、スラッとした痩せ型で爽やかな男性だ。
あまりにも見た目が変わりすぎていたため、私は初め、彼が大貴くんだと気づかなかった。
「あははっ、大学の入学前にダイエットしたんだよ。まあ、大学デビューってやつかな?」
大貴くんは照れた様子で、襟足を掻く。
「幸希は相変わらずだな。一目見て、すぐ気づいたぞ。それに、実家継いだんだな」
「うん、まあね。そう言えば、大貴くんって、今この辺に住んでるの?」
「ああ、ちょっと前に、仕事の都合でこっちに戻って来たんだ」
「へぇ、お仕事、何してるの?」
「……不動産関係の仕事だよ」
大貴くんはニッと笑う。
私たちが近況報告で盛り上がっていると、店の扉の開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」と言って出入り口のほうを見ると、そこにはサラリーマン風の格好をした凛ちゃんがいた。
私はその瞬間、ドキッとした。
私は中学時代の大貴くんとの良好な関係性によって、小学校時代の彼への印象が上書きされている。
そのため、私は忘れかけていたのだが、大貴くんは凛ちゃんのいじめの主犯格だ。
元いじめっ子の大貴くんと、元いじめられっ子の凛ちゃんが鉢合わせてしまった。
これは非常にマズい状況かもしれない。
そして、大貴くんも凛ちゃんの存在に気づいて後ろを振り向いてしまう。
私は、目の前にいる男性が大貴くんであると、凛ちゃんが気づかないように祈る。
しかし、凛ちゃんは大貴くんの顔をジーッと凝視すると、あからさまな嫌悪の表情を見せた。
あぁ、これは確実に気づいている。
「ごめんごめん、俺、邪魔だよな」
大貴くんは私のほうに向き直ると、慌てた様子で謝る。
どうやら、大貴くんのほうは、後ろにいるのが凛ちゃんだと気づいていないようだ。
それもそのはずだ。サラリーマンのような恰好をしていても、凛ちゃんの顔つきは明らかに普通の人ではない。それに、背丈に関しても、今では凛ちゃんのほうが大貴くんよりもずっと長身だ。
まさか後ろに立っている長身で怖い顔をした男が、かつて小柄で泣き虫だったはずの凛ちゃんだと、大貴くんは夢にも思わないだろう。
「あぁ、いや、そんなことは……」
「邪魔だよな」という大貴くんの申し訳なさそうな言葉を聞いて、私は咄嗟に「そんなことはない」と言いかけた。
「もう帰るよ。じゃあ、またな」
大貴くんはハンバーグ弁当が入ったビニール袋を片手に持ち、足早に外へ出て行った。
私と凛ちゃんだけが残された店内には、気まずい空気が流れる。
「……今の大貴だろ」
私が何と切り出そうか悩んでいると、凛ちゃんのほうが先に口を開いた。
「……よく気づいたね。凛ちゃんと大貴くんが会うのって、十七年ぶりとかじゃない?」
「ふん。俺はな、嫌いな奴の顔は忘れない主義なんだよ」
凛ちゃんは明らかに苛立った様子で、眉間に皺を寄せる。
「……随分、仲良さそうに話してたな。昔は顔合わせるたびに喧嘩してたのに」
凛ちゃんは、そんな皮肉を吐き捨てる。
「あははっ、小学生の時はね。中学生の時の大貴くんは、真面目で優しい子だったから、結構仲良かったんだよね」
すると、私は凛ちゃんが不満げな顔をしていることに気づいた。
「あっ、ご、ごめん」
私は慌てて謝る。
凛ちゃんにとって、大貴くんは憎きいじめっ子のままだ。そんな彼の話なんて、凛ちゃんは聞きたくないはずだ。
「あ……、いや、謝ることなんかねぇよ」
凛ちゃんはばつが悪そうに顔を伏せる。
「……ちょっと、様子見に来ただけだから。俺、もう戻るわ」
凛ちゃんは私の目を見ずに、逃げるように背を向けて店を後にする。
彼の背中は、何だか悲しそうな、悔しそうな様子だった。
そんな凛ちゃんに対して、私は何と声を掛ければいいのか分からなかった。