続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2
8話
大貴くんと再会した次の日の昼間、ランチタイムのピークが過ぎたので、私は一息ついていた。
あの時は、凛ちゃんと気まずい感じになってしまったが、夜になると彼は何事もなかったかのように接してくれた。
はた目から見ると、いつも通りの凛ちゃんだ。
しかし、私はまだ僅かなわだかまりが解消できていないように感じた。喉に魚の小骨がつっかえているような、そんな状態が続いている。
おそらく凛ちゃんは、昨日のことを気にしている。彼は私に気を遣って、その話題を振ってこないだけだ。
私は彼とのわだかまりを解消したいと思っているが、私のほうから蒸し返すと、もっと事態がこじれてしまうような気がする。
「どうすればいいのだろうか」と頭を悩ませていると、店の扉が開いた。
来店したのは、凛ちゃんの子分の一人である舞島くんだった。
「舞島くん!?わー、久しぶりだね」
田中くん以外の凛ちゃんの子分が来店するのは、約一か月ぶりだったので、私は驚く。
舞島くんはまだ十代で、派手な金髪が特徴的な明るい男の子だ。
しかし、今日の舞島くんはいつもと違い、どんよりと落ち込んだ様子で俯いている。
「あれ?舞島くん、怪我してない?」
よく見ると、舞島くんの口元に、殴られたような痣ができていた。
「もしかして、凛ちゃんに殴られた?」
子分たちが怪我をしているのは、特に珍しいことではない。そして、怪我をさせたのが凛ちゃんであることも珍しくない。
私は、舞島くんが凛ちゃんに怒られて落ち込んでいるのだと思い、慰めようと微笑みかけた。
舞島くんはしばらくの間、口を固く結んで押し黙る。
私は急かさずに、彼の返事を待った。
「……姐さんは、オヤジのどこが好きなんすか?」
「えっ……?」
すると、突然舞島くんはそんな疑問を投げかけてきた。
予想だにしなかった質問だったので、私は一瞬困惑する。
「うーん、『どこが?』って訊かれると難しいなぁ……」
私は腕組みをして、首を傾げながら考える。
改めて考えてみると、私は凛ちゃんのどこに惹かれたのだろうか。
舞島くんは、私の返事を真剣な面持ちで待っている。そして、それは次第に「なぜすぐに答えられないのか?」というような怪訝な表情に変わっていく。
「確かに、私は凛ちゃんのことが好きだよ。だけど、恋心っていうのは、何か明確な理由があるから芽生えるものじゃないって、私は思うんだよね。『この人のこういうところが好きだから、この人に恋してる』っていうより、『いつの間にか好きになってる』っていうものだと思うの」
舞島くんに変な誤解をされないように、私は先に長考している理由について先に述べておいた。もしかすると、言い訳に聞こえるかもしれないが――。
「……じゃあ、姐さんには、オヤジの好きなところがないってことなんすか?」
舞島くんは不満げな表情を浮かべる。
「ううん、そういうことじゃないの。私が凛ちゃんを好きになったのには、きっと明確な理由とかきっかけがあると思う。だけど、それに気づくより前に、『私は彼のことが好きなんだな』って思っちゃったから。理由っていうのは、後から探すものじゃないかな?私はその理由をずっと探していなかったから、『どこが好きなのかなー?』って悩んじゃって」
私はそんなことを話していると、照れ臭くて思わず笑ってしまう。
――幸希ちゃんに酷いことしないで!
私はふと、幼い頃のある出来事を思い出した。
「『大事な人を守るために、必死になれるところ』かな?」
「大事な人を守る……?」
舞島くんは小首を傾げる。
「うん。昔ね、いじめられてる凛ちゃんを助けるために、私はいっつもいじめっ子たちに突っかかっていってたの。ある時、いじめっ子の一人が私の髪を引っ張ったことがあってね」
私の髪を引っ張ったいじめっ子というのは、大貴くんのことだ。
逆上した大貴くんは、私のおさげを思いっきり引っ張り、私は「痛い!」と叫んだ。
「そしたら、凛ちゃん、その子に向かって『幸希ちゃんに酷いことしないで!』って言ったの。凛ちゃん、いっつも泣いて怯えてばかりいたのに、その時初めていじめっ子に立ち向かったんだよ?」
あの時、凛ちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大貴くんのTシャツを引っ張った。大貴くんのことを叩いたりせずに、Tシャツを引っ張る辺りが当時の凛ちゃんらしい。
私は、大貴くんに立ち向かう凛ちゃんを見て驚いた。
泣き虫で、私が守ってあげなきゃいけないと思っていた凛ちゃんが、私を助けようとしてくれた。
きっと大貴くんのことが怖かっただろうに、それでも勇気を振り絞ってくれたのだ。
当時の私は、恋というものがよく分からなかった。しかし、今思うと、私はあの時から凛ちゃんのことが好きだったのかもしれない。
――今度は、俺が守ってやるからな。
「少し前にもね、私が危険な目に遭ったことがあるの。その時も、凛ちゃんは必死になって私を守ろうとしてくれた。今の凛ちゃんは、昔と全然変わっちゃったと思ってたけど、ああいうところは昔のまんまなんだよね」
私が思い出に浸りながら話していると、目の前にいる舞島くんがキョトンと目を丸くさせていた。
そこで、私は舞島くんの前で、凛ちゃんがいじめられっ子だったことを口走ってしまったと気づく。
「あっ!えっと……、ごめん!今の話は聞かなかったことに――」
「オヤジは、優しい人です」
すると、舞島くんはボロボロと涙を流し始めた。
「俺は……、ガキの頃からずっと家に居場所がなくて……。家に帰りたくないから、ずっとフラフラしてたんです。怖い奴らに目を付けられたこともありました。そんな時、オヤジが『帰る場所がないなら、俺が面倒見てやるよ』って言ってくれて……。住む場所とか、シノギとか、いろいろ世話してもらいました。俺、初めてだったんです。誰かが俺のために、必死になってくれたことが……。だから、俺、オヤジに恩返したくて……」
舞島くんは肩を震わせながら、嗚咽交じりに語る。
そして、舞島くんは顔を上げると、何かを決意したような眼差しで私を見る。
「俺!将来、絶対姐さんみたいなイイ女、捕まえてみせます!」
「えぇっ!?」
舞島くんは何か意を決した様子で、外へと飛び出していった。
今の会話から、どうしてあの結論に至ったのだろうか。
嵐のように去っていった舞島くんに困惑していると、彼は慌てた様子で戻ってきた。
「すみません……、焼肉弁当一つください……」
あの時は、凛ちゃんと気まずい感じになってしまったが、夜になると彼は何事もなかったかのように接してくれた。
はた目から見ると、いつも通りの凛ちゃんだ。
しかし、私はまだ僅かなわだかまりが解消できていないように感じた。喉に魚の小骨がつっかえているような、そんな状態が続いている。
おそらく凛ちゃんは、昨日のことを気にしている。彼は私に気を遣って、その話題を振ってこないだけだ。
私は彼とのわだかまりを解消したいと思っているが、私のほうから蒸し返すと、もっと事態がこじれてしまうような気がする。
「どうすればいいのだろうか」と頭を悩ませていると、店の扉が開いた。
来店したのは、凛ちゃんの子分の一人である舞島くんだった。
「舞島くん!?わー、久しぶりだね」
田中くん以外の凛ちゃんの子分が来店するのは、約一か月ぶりだったので、私は驚く。
舞島くんはまだ十代で、派手な金髪が特徴的な明るい男の子だ。
しかし、今日の舞島くんはいつもと違い、どんよりと落ち込んだ様子で俯いている。
「あれ?舞島くん、怪我してない?」
よく見ると、舞島くんの口元に、殴られたような痣ができていた。
「もしかして、凛ちゃんに殴られた?」
子分たちが怪我をしているのは、特に珍しいことではない。そして、怪我をさせたのが凛ちゃんであることも珍しくない。
私は、舞島くんが凛ちゃんに怒られて落ち込んでいるのだと思い、慰めようと微笑みかけた。
舞島くんはしばらくの間、口を固く結んで押し黙る。
私は急かさずに、彼の返事を待った。
「……姐さんは、オヤジのどこが好きなんすか?」
「えっ……?」
すると、突然舞島くんはそんな疑問を投げかけてきた。
予想だにしなかった質問だったので、私は一瞬困惑する。
「うーん、『どこが?』って訊かれると難しいなぁ……」
私は腕組みをして、首を傾げながら考える。
改めて考えてみると、私は凛ちゃんのどこに惹かれたのだろうか。
舞島くんは、私の返事を真剣な面持ちで待っている。そして、それは次第に「なぜすぐに答えられないのか?」というような怪訝な表情に変わっていく。
「確かに、私は凛ちゃんのことが好きだよ。だけど、恋心っていうのは、何か明確な理由があるから芽生えるものじゃないって、私は思うんだよね。『この人のこういうところが好きだから、この人に恋してる』っていうより、『いつの間にか好きになってる』っていうものだと思うの」
舞島くんに変な誤解をされないように、私は先に長考している理由について先に述べておいた。もしかすると、言い訳に聞こえるかもしれないが――。
「……じゃあ、姐さんには、オヤジの好きなところがないってことなんすか?」
舞島くんは不満げな表情を浮かべる。
「ううん、そういうことじゃないの。私が凛ちゃんを好きになったのには、きっと明確な理由とかきっかけがあると思う。だけど、それに気づくより前に、『私は彼のことが好きなんだな』って思っちゃったから。理由っていうのは、後から探すものじゃないかな?私はその理由をずっと探していなかったから、『どこが好きなのかなー?』って悩んじゃって」
私はそんなことを話していると、照れ臭くて思わず笑ってしまう。
――幸希ちゃんに酷いことしないで!
私はふと、幼い頃のある出来事を思い出した。
「『大事な人を守るために、必死になれるところ』かな?」
「大事な人を守る……?」
舞島くんは小首を傾げる。
「うん。昔ね、いじめられてる凛ちゃんを助けるために、私はいっつもいじめっ子たちに突っかかっていってたの。ある時、いじめっ子の一人が私の髪を引っ張ったことがあってね」
私の髪を引っ張ったいじめっ子というのは、大貴くんのことだ。
逆上した大貴くんは、私のおさげを思いっきり引っ張り、私は「痛い!」と叫んだ。
「そしたら、凛ちゃん、その子に向かって『幸希ちゃんに酷いことしないで!』って言ったの。凛ちゃん、いっつも泣いて怯えてばかりいたのに、その時初めていじめっ子に立ち向かったんだよ?」
あの時、凛ちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大貴くんのTシャツを引っ張った。大貴くんのことを叩いたりせずに、Tシャツを引っ張る辺りが当時の凛ちゃんらしい。
私は、大貴くんに立ち向かう凛ちゃんを見て驚いた。
泣き虫で、私が守ってあげなきゃいけないと思っていた凛ちゃんが、私を助けようとしてくれた。
きっと大貴くんのことが怖かっただろうに、それでも勇気を振り絞ってくれたのだ。
当時の私は、恋というものがよく分からなかった。しかし、今思うと、私はあの時から凛ちゃんのことが好きだったのかもしれない。
――今度は、俺が守ってやるからな。
「少し前にもね、私が危険な目に遭ったことがあるの。その時も、凛ちゃんは必死になって私を守ろうとしてくれた。今の凛ちゃんは、昔と全然変わっちゃったと思ってたけど、ああいうところは昔のまんまなんだよね」
私が思い出に浸りながら話していると、目の前にいる舞島くんがキョトンと目を丸くさせていた。
そこで、私は舞島くんの前で、凛ちゃんがいじめられっ子だったことを口走ってしまったと気づく。
「あっ!えっと……、ごめん!今の話は聞かなかったことに――」
「オヤジは、優しい人です」
すると、舞島くんはボロボロと涙を流し始めた。
「俺は……、ガキの頃からずっと家に居場所がなくて……。家に帰りたくないから、ずっとフラフラしてたんです。怖い奴らに目を付けられたこともありました。そんな時、オヤジが『帰る場所がないなら、俺が面倒見てやるよ』って言ってくれて……。住む場所とか、シノギとか、いろいろ世話してもらいました。俺、初めてだったんです。誰かが俺のために、必死になってくれたことが……。だから、俺、オヤジに恩返したくて……」
舞島くんは肩を震わせながら、嗚咽交じりに語る。
そして、舞島くんは顔を上げると、何かを決意したような眼差しで私を見る。
「俺!将来、絶対姐さんみたいなイイ女、捕まえてみせます!」
「えぇっ!?」
舞島くんは何か意を決した様子で、外へと飛び出していった。
今の会話から、どうしてあの結論に至ったのだろうか。
嵐のように去っていった舞島くんに困惑していると、彼は慌てた様子で戻ってきた。
「すみません……、焼肉弁当一つください……」