続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2
10話
市ノ瀬さんが来店した日の十八時半頃、今日のディナータイムに用意した弁当はラスト一個となった。
今日の客入りは少ないほうで、いつもなら十七時過ぎには完売している。
そして、本日最後の客が来店した。
それは、大貴くんだった。
「お疲れ、幸希。まだ残ってるかな?」
「あぁ、うん。ラスト一個だよ。のり弁だけど、いいかな?」
私は舞島くんとのやり取りで、子供の頃大貴くんに髪を引っ張られたことを思い出した。嫌な過去を思い出してしまったせいで、大貴くんに対して、少し気まずさを感じる。
「全然いいよ」
大貴くんは、にこやかに返してくれる。
その顔を見ると、大貴くんはきちんと更生したんだなと感じた。
会計を済ませると、大貴くんは「なあ、幸希」と切り出した。
「店仕舞いした後、飯食いに行かないか?」
大貴くんにそう言われた瞬間、私は固まった。
「えっと、……二人で?」
私は念のために確認した。
すると、大貴くんは「あぁ、もちろんだよ」と真剣な面持ちで返してきた。
「幸希と、いろいろ話したいことがあるんだ」
私は困った。なぜなら、大貴くんが「ただの友人」として、私を食事に誘っているわけではないと分かったからだ。
「……ごめん。私、付き合ってる人がいるから、二人では食事に行けないよ」
私はきっぱりと断った。
すると、大貴くんは私の返事に眉をひそめた。そして、一瞬目を泳がせると、再び口を開く。
「知ってる。凛だろ?」
「えっ!?」
大貴くんの言葉に、私は仰天する。
「全部知ってる。お前が凛と付き合ってることも、あいつが反田組のヤクザになってることも」
大貴くんはあっけらかんとした様子で続ける。
私はそんな彼に困惑した。
どうして、大貴くんがそのことを?
「さっき俺が言った『話したいこと』っていうのは、あいつのことだよ。……この間、この店で俺のこと睨んでた男が凛だよな?」
「な、何で……、何で知ってるの?」
私は心臓がバクバクとする。
「この店が一年前に一度潰れて、すぐに再開したって聞いたんだ。それで、気になって調べたんだよ。俺、不動産関係の仕事してるから……。そしたら、この店の名義が潰れる前はお前だったのに、再開した後から凛に変わってた。きな臭いなって思って、凛のこともネットで調べたら、反田組の幹部の中に、あいつの名前があった」
大貴くんの話を聞きながら、私は彼の顔が見られなくなり、徐々に視線を下げていった。
私は、次に来るであろう大貴くんの言葉が怖かった。
「幸希。お前、あいつと縁切ったほうがいいぞ」
ああ、やっぱり――。そんなことを言われるだろうなと予想はしていた。
しかし、実際に目の前で「あいつと縁を切れ」と言われると、やはりショックだ。なぜなら、私と凛ちゃんの関係を、はっきりと否定されてしまったのだから――。
私は思わず、無言で首を横に振る。
「……お前、目覚ませよ。相手はヤクザなんだぞ?」
大貴くんは呆れたように言う。
「し、知ってる。そんなの、知ってるよ」
私はまるで駄々をこねるように、首を振り続ける。
「あのな、幸希。俺はお前のことを心配して言ってるんだぞ。この店、借金返済のために、凛に売ったんだろ?それで、あいつがこの店の経営を交換条件に、お前に関係を迫ったんじゃないのか?」
「違う……。そんなんじゃない……。凛ちゃんはそんなこと……」
私は涙が溢れた。
そして、私に説教するように、大貴くんは続ける。
「お前があいつのことを信じたい気持ちは分かるよ。子供の頃、お前があいつと仲良かったのは……、俺だってよく知ってる。けどな、人は変わるんだよ。今の凛は、昔の凛とは違うんだよ。あいつにどんな甘い言葉を囁かれたのか知らないけど……。あいつは極悪非道なヤクザなんだ。どうせ、お前の身体が目当てなだけだ」
違う。凛ちゃんはそんな人じゃない。そんな卑劣な人じゃない。
私のことを「守る」って言ってくれた。「好きだ」って、「愛してる」って言ってくれた。
そう主張したいのに、言葉が詰まって出てこない。
「お前は、騙されてるんだよ」
「ちが――」
私は顔を上げた瞬間、大貴くんの後ろに人影があることに気づいた。
「凛ちゃん!?」
大貴くんの後ろにいたのは、凛ちゃんだった。
凛ちゃんはサラリーマン風のスーツではなく、いつもの黒のスーツに柄シャツ姿だ。
私が声を上げた瞬間、大貴くんも凛ちゃんの存在に気づいて振り返った。
「……大貴」
凛ちゃんは怒りに満ちた表情で、大貴くんを睨みつける。
「帰ってくれ」
凛ちゃんは怒りに震えながら、言葉を絞り出す。
「凛、お前……」
大貴くんは何かを言おうとする。
すると、凛ちゃんの眉がピクッと動いた。
「帰れ!!!」
凛ちゃんの怒鳴り声が、店内に響き渡り、しばらくの間ピンと張りつめた空気が流れた。
そして、大貴くんは深くため息を吐く。
「見違えたな」
大貴くんは皮肉めいた言葉を残すと、外へ出て行った。
凛ちゃんは大貴くんの言葉を聞いて、悔しそうに唇を噛みしめながら俯いた。
大貴くんが出て行った後、凛ちゃんは私のほうにゆっくりと歩み寄る。
そして、ポケットからハンカチを取り出すと、私に差し出した。そこで、ようやく私は自分が泣いていることに気づいた。
「ありがとう」
私はハンカチを受け取ると、それで涙を拭いた。
「……もう店仕舞いだよな?」
凛ちゃんは落ち込んだ様子で尋ねる。
「う、うん……」
「じゃあ、俺も閉店作業手伝うよ」
今日の客入りは少ないほうで、いつもなら十七時過ぎには完売している。
そして、本日最後の客が来店した。
それは、大貴くんだった。
「お疲れ、幸希。まだ残ってるかな?」
「あぁ、うん。ラスト一個だよ。のり弁だけど、いいかな?」
私は舞島くんとのやり取りで、子供の頃大貴くんに髪を引っ張られたことを思い出した。嫌な過去を思い出してしまったせいで、大貴くんに対して、少し気まずさを感じる。
「全然いいよ」
大貴くんは、にこやかに返してくれる。
その顔を見ると、大貴くんはきちんと更生したんだなと感じた。
会計を済ませると、大貴くんは「なあ、幸希」と切り出した。
「店仕舞いした後、飯食いに行かないか?」
大貴くんにそう言われた瞬間、私は固まった。
「えっと、……二人で?」
私は念のために確認した。
すると、大貴くんは「あぁ、もちろんだよ」と真剣な面持ちで返してきた。
「幸希と、いろいろ話したいことがあるんだ」
私は困った。なぜなら、大貴くんが「ただの友人」として、私を食事に誘っているわけではないと分かったからだ。
「……ごめん。私、付き合ってる人がいるから、二人では食事に行けないよ」
私はきっぱりと断った。
すると、大貴くんは私の返事に眉をひそめた。そして、一瞬目を泳がせると、再び口を開く。
「知ってる。凛だろ?」
「えっ!?」
大貴くんの言葉に、私は仰天する。
「全部知ってる。お前が凛と付き合ってることも、あいつが反田組のヤクザになってることも」
大貴くんはあっけらかんとした様子で続ける。
私はそんな彼に困惑した。
どうして、大貴くんがそのことを?
「さっき俺が言った『話したいこと』っていうのは、あいつのことだよ。……この間、この店で俺のこと睨んでた男が凛だよな?」
「な、何で……、何で知ってるの?」
私は心臓がバクバクとする。
「この店が一年前に一度潰れて、すぐに再開したって聞いたんだ。それで、気になって調べたんだよ。俺、不動産関係の仕事してるから……。そしたら、この店の名義が潰れる前はお前だったのに、再開した後から凛に変わってた。きな臭いなって思って、凛のこともネットで調べたら、反田組の幹部の中に、あいつの名前があった」
大貴くんの話を聞きながら、私は彼の顔が見られなくなり、徐々に視線を下げていった。
私は、次に来るであろう大貴くんの言葉が怖かった。
「幸希。お前、あいつと縁切ったほうがいいぞ」
ああ、やっぱり――。そんなことを言われるだろうなと予想はしていた。
しかし、実際に目の前で「あいつと縁を切れ」と言われると、やはりショックだ。なぜなら、私と凛ちゃんの関係を、はっきりと否定されてしまったのだから――。
私は思わず、無言で首を横に振る。
「……お前、目覚ませよ。相手はヤクザなんだぞ?」
大貴くんは呆れたように言う。
「し、知ってる。そんなの、知ってるよ」
私はまるで駄々をこねるように、首を振り続ける。
「あのな、幸希。俺はお前のことを心配して言ってるんだぞ。この店、借金返済のために、凛に売ったんだろ?それで、あいつがこの店の経営を交換条件に、お前に関係を迫ったんじゃないのか?」
「違う……。そんなんじゃない……。凛ちゃんはそんなこと……」
私は涙が溢れた。
そして、私に説教するように、大貴くんは続ける。
「お前があいつのことを信じたい気持ちは分かるよ。子供の頃、お前があいつと仲良かったのは……、俺だってよく知ってる。けどな、人は変わるんだよ。今の凛は、昔の凛とは違うんだよ。あいつにどんな甘い言葉を囁かれたのか知らないけど……。あいつは極悪非道なヤクザなんだ。どうせ、お前の身体が目当てなだけだ」
違う。凛ちゃんはそんな人じゃない。そんな卑劣な人じゃない。
私のことを「守る」って言ってくれた。「好きだ」って、「愛してる」って言ってくれた。
そう主張したいのに、言葉が詰まって出てこない。
「お前は、騙されてるんだよ」
「ちが――」
私は顔を上げた瞬間、大貴くんの後ろに人影があることに気づいた。
「凛ちゃん!?」
大貴くんの後ろにいたのは、凛ちゃんだった。
凛ちゃんはサラリーマン風のスーツではなく、いつもの黒のスーツに柄シャツ姿だ。
私が声を上げた瞬間、大貴くんも凛ちゃんの存在に気づいて振り返った。
「……大貴」
凛ちゃんは怒りに満ちた表情で、大貴くんを睨みつける。
「帰ってくれ」
凛ちゃんは怒りに震えながら、言葉を絞り出す。
「凛、お前……」
大貴くんは何かを言おうとする。
すると、凛ちゃんの眉がピクッと動いた。
「帰れ!!!」
凛ちゃんの怒鳴り声が、店内に響き渡り、しばらくの間ピンと張りつめた空気が流れた。
そして、大貴くんは深くため息を吐く。
「見違えたな」
大貴くんは皮肉めいた言葉を残すと、外へ出て行った。
凛ちゃんは大貴くんの言葉を聞いて、悔しそうに唇を噛みしめながら俯いた。
大貴くんが出て行った後、凛ちゃんは私のほうにゆっくりと歩み寄る。
そして、ポケットからハンカチを取り出すと、私に差し出した。そこで、ようやく私は自分が泣いていることに気づいた。
「ありがとう」
私はハンカチを受け取ると、それで涙を拭いた。
「……もう店仕舞いだよな?」
凛ちゃんは落ち込んだ様子で尋ねる。
「う、うん……」
「じゃあ、俺も閉店作業手伝うよ」