続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2
 私たちは公園のベンチに、並んで腰かけた。
「なんか、姐さん元気ないですね」
 田中くんは私の顔をジーッと見ながら言う。
 彼にそう指摘されて、私は改めて大貴くんの件を、自分がまだ引きずっていることに気づいた。
「えー、そうかなぁ?」と、私は取り繕おうとする。
「もしかして、オヤジと痴話喧嘩ですか!?俺で良かったら、愚痴でも何でも聞きますよ!」
 なぜか田中くんは前のめりになりながら尋ねてくる。
 私は「田中くんになら話してもいいかな」と思って、彼に大貴くんから凛ちゃんと縁を切るように言われた話をした。

「まあ、カタギの人間からすれば、ヤクザなんてそんなもんですよね」
 田中くんはあっけらかんと言う。
「姐さんだって、友達がヤクザと付き合ってたら、心配するでしょ?」
「うーん、確かに、するかも……」
「でしょー?傍から見れば、ヤクザなんて関わらないほうがいい人種なんですよ。そのヤクザがどんなにいい人でも、ヤクザっていう肩書だけで極悪人扱いされるんですから。姐さんがオヤジのこと好きなんだったら、それでいいじゃないですか。周りの言葉なんて、全部無視しちゃいましょ!」
 田中くんは明るい調子で励ましてくれた。
 まだ年若くてヤクザとしても新米だというのに、やけに達観したことを言う田中くんに、私は少し驚く。
 
「確かに、そうだよね。頭では、分かってるんだけどね」
 周りから凛ちゃんとの関係を否定されてしまうことは、私だって初めから分かりきっていた。しかし、実際に否定的な言葉を言われると、やはりショックだ。
「周りの言葉を無視すればいい」と田中くんは簡単に言ってのけるが、それが何よりも難しい。
 
「……実際にそれができたら、苦労しないってやつですよね」
 田中くんは腕組みをしながら、「うーん」と何かを考え始める。
「じゃあ、ここに宣言します。俺は、オヤジと姐さんのこと応援します!」
 田中くんは、なぜか誇らしげにそう宣言した。
 それを見て、私は思わず「なにそれ」と笑ってしまう。
「少なくとも、俺だけは姐さんたちの味方でいますよ!どんなことがあっても、何があっても、俺だけは味方です。他の奴らに否定的なことを言われたら、俺のところに来てください。俺がその何十倍の肯定の言葉を姐さんに送ります」
 田中くんは真剣な眼差しを私に向ける。
 その眼差しを見た瞬間、私は少しだけ心が軽くなった。田中くんの言葉を聞いた時、目の前に心強い味方がいるのだと思えて、勇気が湧いた。
「ふふっ、ありがとう。なんか元気出てきた」
「へへっ、それなら良かったです」
 田中くんは笑いながら、襟足を掻く。

 「前から思ってたけど、田中くんってヤクザっぽくないよね」
 私のことを励ましてくれる田中くんを見て、私は思わずそんなことを漏らした。
 田中くんは凛ちゃんと違って、相手を威圧するような迫力がない。見た目に関しても、怖さよりも、マスコットのような可愛らしさが勝る。
 正直、先ほどの子供たちとのやり取りを見ても、ヤクザよりも保育士のほうが向いているのではないかと思う。
「あー、それ、昔っからよく言われますよ」
「どうして、ヤクザになろうと思ったの?」
 私がそう尋ねた瞬間、先ほどまでにこやかな笑みを浮かべていた田中くんの顔が、険しい表情へと変わった。
 それを見て、私は「マズいことを訊いてしまったか」と思い、すぐに謝ろうとした。
 すると、田中くんは何かを企むように、ニヤッと口角を上げる。

「じゃあ、姐さん。今から()()()()()()()俺の身の上話をしてあげます」
 田中くんは得意げな表情で言う。
「……えっ?な、何?」
 私は突然の田中くんの言葉に困惑する。
 一部嘘を混ぜた身の上話?
「今から話す身の上話を聞いて、どこが真実で、どこからが嘘が当ててみてください」
 田中くんは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

「まず、俺はコインロッカーから生まれたんです」
 開幕から突拍子もない言葉が飛び出して、私は「流石に嘘でしょ」と思わず漏らした。
「いやいや、ほんとですよー。どうやら、駅員がコインロッカーの中で死にかけてた赤ん坊の俺を見つけたらしいんですよ」
 田中くんはケラケラと笑いながら、軽い調子で語る。
 それを聞いた時、私は「つまり捨て子ということ?」と思った。
 田中くんは明るく話しているが、かなり深刻な内容ではないかと感じる。
「その後すぐ、俺は養護施設に預けられました。俺には親がいないんです。だから、俗にいう親からの無償の愛っていうやつを知りません」
 田中くんは、努めて明るい表情で話を続ける。
 その様子はいつもの彼と変わらないようだが、私には無理に強がっているように見えた。
 
「しいて言うなら、施設の職員が親代わりですかね?でも、施設っていうのは何十人も子供がいるんです。だから、その親代わりにすら、なかなか構ってもらえなくて、親の愛っていうやつに飢えてました。……でも、ある時気づいたんです。悪いことをしたら、その職員たちは俺を叱ってくれるんですよ。つまり、俺のために時間を割いてくれるわけなんです」
 そして、田中くんは大人に構ってもらいたくて、悪さをするようになったと語った。
 善い行いをしても、大人たちはなかなか褒めてくれない。しかし、悪い行いは些細なことでも叱ってくれて、簡単に大人たちの気を引けたという。
 中学に上がる頃には、喧嘩や窃盗で補導されるようになったという。そして、中学の卒業と同時に施設を出ると、暴走族に入り、いつの間にかヤクザになっていたそうだ。
 
「そんな幼少期だったんで、嬉しかったんですよ、オヤジに『息子』って呼ばれた時。オヤジに初めて会った時、俺は初めて『父親っていうのはこんな感じなのかな?』って思ったんです。初めて、褒めてもらいたいって思える人に出会えました。……だから俺、オヤジに褒めてもらうために、ヤクザとして出世して、組のために頑張ろうって思ったんです」
 遠い目をしながら語り終えると、田中くんはニッと笑った。

「姐さん、今の話、どこが真実で、どこからが嘘だと思いますか?」
「えぇー?」
 私は田中くんの問いかけに首を傾げた。
 思わず聞き入ってしまったせいで忘れていたが、この話は一部が嘘なのだった。
 話を聞く限りだと、内容は全て詳細で矛盾がなく、嘘が混ざっているようには思えない。嘘が混ざっているのなら、どこかしらに矛盾が生じるはずだ。

「うーん?もしかして、『一部嘘を混ぜた』っていうのが、嘘とか?だから、全部本当の話?」
 
 内容に矛盾がないのなら、まず「前提」が嘘なのではないか。
 私は何となくそう感じた。
 
 私が当てずっぽうなことを言うと、田中くんは驚いたように目を丸くさせる。
「あれ?でも、『一部が嘘』っていうのが嘘だとしたら、全部嘘の話とも考えられるのかな?」
 私が腕を組んで考え込むと、田中くんはケラケラと愉快そうに笑い出した。
「さあ?どうでしょうねー?」
「あれ?答えは教えてくれないの?」
「あははっ、答えを教えるなんて、一言も言ってないですよ」
 田中くんは豪快に笑う。
 どうやら、私は彼に一杯食わされたようだ。

「代わりに、いいこと教えてあげます」
 田中くんは私の耳元に顔を寄せて、ヒソヒソと話し始めた。
「最近、どこぞの怒りんぼのヤクザが『アタマはどこだ?』って訊いて回ってるらしいんですよ」
 田中くんはまた突拍子もないことを話し始め、私は困惑する。
 この子って、もしかして不思議ちゃんなのかな?
 
「アタマ?アタマって、頭?」と、私は自分の頭部を指差した。
 それに対して、田中くんは「俺もそこまでは知らないです」と首を横に振る。
「『知らない』って言うと怒ったヤクザに殺されちゃうんで、『アタマは亀が隠してる』って言うといいらしいですよ」
「えー、なにそれ。都市伝説みたい」
 私は何かの冗談かと思って、クスクスと笑う。
「あははっ、確かに。口裂け女に出会ったら、『ポマード』って三回唱えるといいらしいですよ」
 田中くんはそう言うと、おもむろに立ち上がる。

「それじゃあ、俺はもう戻りますね。これ以上道草食ってたら、兄貴たちに叱られちゃうんで」
 田中くんは私に向かって手を振りながら、その場を後にした。
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