続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2
 通夜が終わり、俺は喫煙所で一人煙草を吸っていた。
 煙草を吹かしていると、ふと幸希の顔が脳裏に浮かんだ。
 オヤジが倒れてから今日まで、俺は何かとバタバタしていて、あまり周りが見えなくなっていた気がする。
 しかし、オヤジが亡くなったことで、ようやく冷静になった。
 俺は幸希の物分かりの良さに甘えて、この一か月の間、まともに彼女と会話していない。今日だって、事情も説明せずに、早朝に家を出てしまった。
 幸希は文句一つ言わないが、内心では俺の態度に不満を持っているはずだ。
 
 俺が一人で反省していると、突然喫煙所の扉を、誰かが乱暴に開けた。
「誰かと思ったら、酒々井くんじゃねぇか。久しぶりだなぁ」
 喫煙所に入って来たのは、望月だった。
 俺がこの世で()()()に嫌いな男――。
 
 俺は顔をしかめながら灰皿に煙草を押し付けて、望月の横を通り過ぎて喫煙所を出ようとする。
「おい、待てよ。久しぶりに会ったっていうのに、無視することはねぇだろ」
 ゴリラのように筋骨隆々の大男は、俺の肩を掴んで制止させる。肩を掴んでいる左手の小指は、第二関節から先がない。
 
「どうも、お久しぶりですね」
 俺は厭味ったらしく返した。
「相変わらず、可愛げのねぇガキだな」
 俺の態度が気に障ったのか、望月は舌打ちをする。
 
「お前、俺に言うことあるんじゃねぇのか?」
 望月は俺に詰め寄る。
「はあ?あんたと話すことなんか、あるわけねぇだろ」
「とぼけんじゃねぇよ。ずっとお前のことをぶっ殺してやりたいっていうのを、こっちは我慢してるのによぉ。まさかお前のほうから、喧嘩を売ってくるとはなぁ」
 俺は望月の言っている意味が分からない。十年前のあの件以外で、俺はこいつに喧嘩を売った覚えはない。
「……何だ?あんた薬でもやってんのか?」
「何だと、テメェ」
 望月は俺の胸ぐらを掴んだ。

「おや?お取込み中だった?」
 すると、再び喫煙所の扉が開いた。
 そこには、三上さんが立っている。
 全く似合っていない喪服姿の三上さんを見ると、「本当にこの人は四十路手前なのか?」という疑問が湧く。
 
「あっ!俺のことは気にせず、お二人で続きをどうぞ。何なら、レフェリーやってあげようか?」
 三上さんは、いつものようにヘラヘラとした調子で茶化してくる。
 宮永さんから「三上がオヤジの見舞いに毎日行っている」という話を聞いていたため、通夜では相当落ち込んでいるのではないかと思っていた。しかし、実際に会ってみると、いつもと変わらない様子だ。
 
「三上テメェ、何しに来やがった!?お前、煙草吸わねぇだろ」
 望月は俺の胸ぐらを放して、三上さんに詰め寄りながら怒鳴る。
 望月は、三上さんのこういった飄々とした態度が気に入らないらしい。
「のど飴舐めようと思ってね」
 三上さんはポケットから取り出した飴の袋を開けて、中身を口に放り込んだ。
 のど飴なら、喫煙所の外でも舐められるだろ。
 しかし、三上さんの言動にいちいちツッコんでいては、キリがない。

「ふざけんな!ナメてんのか、テメェ」
「……飴なら舐めてるけど?」
 キョトンとした顔で返す三上さんに、俺は思わず噴き出した。
「殺すぞ!」
 望月は顔を真っ赤にして、三上さんの胸ぐらを掴む。

「お前ら、オヤジの通夜の時くらい大人しくできねぇのか」
 すると、また喫煙所の扉が開き、今度はご立腹の市ノ瀬さんが入ってきた。
「外まで丸聞こえだったぞ」と、市ノ瀬さんはいつもより語気を強めた口調で言う。
「あははっ、すみませーん」
 三上さんは、襟足を掻きながらヘラヘラと笑う。
 望月は不服そうにしながらも「すんません」と呟く。俺も続いて「すみません」と頭を下げた。
「はぁ……。別に仲良くしろとは言わないけど、顔を合わせるたびに言い争うのは止めてくれないか?君たちを束ねなきゃならない宮永の兄貴が気の毒で仕方ないよ」
 市ノ瀬さんは頭を抱えながら、ため息を吐く。

「それに、望月くん。ちょっと前に、君のところの若いのが消えたっていう話を聞いたんだが、大丈夫なのか?こんな大変な時に、面倒事なんて勘弁してくれよ」
 市ノ瀬さんがそう問いかけると、望月はなぜか一瞬俺のことを睨んだ。
「根性のねぇガキが逃げ出すことなんて、よくあることでしょ。大袈裟ですよ」
 望月は何でもない様子で返す。
「望月くんのパワハラが怖くて逃げちゃったんじゃない?ダメだよー、今のご時世、そういうの」
 茶化すように言う三上さんに対し、望月は今にも飛び掛かりそうな様子で怒りに震える。
 それを見た市ノ瀬さんが「三上くん、やめなさい」と注意する。
 三上さんは「すみませーん」とまた軽い調子で謝ると、喫煙所を後にした。それに続いて、望月も不機嫌な様子で外へ出ていく。

「酒々井くん、ちょっといいかな?」
 俺と二人きりになった市ノ瀬さんは、軽く手招きをする。
()()()、どんな調子?」
 市ノ瀬さんにそう問われて、俺はこの人に報告を怠っていたことに気づいた。
「すみません、まだ何人かゴネてる奴がいて……。もう少し時間が掛かりそうです」
 俺はため息を吐いた。
「別に謝る必要はないよ。それに、ゴネるってことは、それだけ君のことを慕っているということだよ」
 市ノ瀬さんは俺を励ますように、肩をポンポンと軽く叩く。
 しかし、市ノ瀬さんに「慕われている」と指摘されたことで、俺は後ろ髪を引かれる思いになる。

「……ねえ、酒々井くん。君は、人を殺したことがあるかい?」
「何ですか、急に……」
 何の冗談かと思ったが、市ノ瀬さんの表情は真剣そうだった。
「……いや、まだありませんよ」
「そうか。なら、君の決断は間違っていないと思うよ。君は、私とは違うんだから……」
 市ノ瀬さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。
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