狂おしいほどに、抱きしめて〜エリート社長と蕩けるような甘い蜜愛〜
会社の資料室の中で、聞こえるはずがない会話が栗花落の耳を犯した。
『勝』。『キス』。『エッチ』。
そんなはずはない……。勝なんて、特段珍しい名前じゃないから、他の人の可能性だってある。
でも……。

「お腹、痛い?」
「痛くないよ。軽いもん」
「それなら、キスくらい良いじゃ~ん」

しかし、二人の声質を、栗花落が聞き間違えるはずがない。

(知ってる。この声)

信じたくないことが、今、目の前で起きていた。
栗花落が資料室で作業をしていたことに気づいていない二人は、ここが二人だけの秘密の空間だと思い込んで、互いの腰に手を当てながら顔を寄せ合う。

遠くからでも、見間違いようがない。
男の名前は、西山勝。
女の名前は、栗花落と普段から仲良くしている同部署の後輩、斎藤(さいとう)彩絵(さえ)

(なんで? なんで彩絵ちゃんが、勝と一緒に居るの? 私が勝と付き合ってること、彩絵ちゃんも知ってるよね? え? どうして?)

彩絵は、今年新卒で入社してきた、栗花落の教育担当の子だ。
入社初日からツインテールで来た時はびっくりしたが、愛くるしい容姿もあって、その髪型がよく似合っている。

百五十センチと小柄な彼女は、右頬に愛くるしいえくぼがあって、笑うと小さな顔に花が咲いたように可愛らしかった。
なんでも素直に受け止めて、ひたむきに仕事をしてくれる良い後輩ができたと思って、この三カ月間、彩絵とは友達のような関係を築いてきたつもりだ。

それなのに、なぜ?

頭が、この状況に追い付かない。
……いや、本当は分かっている。分かっていることに、気づきたくないだけだ。

二人が、栗花落に隠れて身体を重ねている。

その事実を、簡単に受け止めたくない。
受け止めてしまったら、何かが確実に、壊れてしまうから。

でも、ここで黙って息を殺して、存在を無にして、二人の関係を見なかったことにするのは正しい行為だろうか?
後日問い詰めたところで、勝はきっとしらばっくれるだろう。

言うなら、今しかない。

「――――ちょっと!」

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