一途なショコラティエの溺愛にとろけているので、六股幼馴染の束縛はお断り!
幼馴染から再び逃げて
 東京駅に到着した私は父と合流し、翌朝病院にやって来た。

「お母さん。入るよ。久しぶり……」
「香菜?」

 母に声をかけたあとすぐに、名前を呼ばれた私は――来なければよかったとあと悔した。

 ドアを開けた先には、当然のように大嫌いな幼馴染――大原直也がいたからだ。

「お前、今まで何して……っ!」
「帰る」
「はぁ!?」

 顔を合わせて早々、幼馴染に怒鳴られた私は、母と最後の言葉を交わす気にもなれずに踵を返す。

「香菜!」

 ――だから、嫌だったのに。

 幼馴染に背を向けているから、不快感を隠すことなく顔を顰めていても問題はない。

 こちらの気も知らないで。

 触れ合える場所までやってきた直也は、思いがけない言葉を私に告げる。

「俺と、付き合えよ」

 どこに?
 飲みものでも、買いにいくのかな……。

 硬い表情で幼馴染の顔を確認すれば、あちらも私と似たような感情を抱いていたらしい。
 今にも怒り出しそうな直也の姿を見て、このまま無視したらヤバそうだなと感じ取る。

「返事は」

 事を荒立てたくなかった私は、仕方なく彼が望む返事をした。

「いいよ」

 渋々了承をしただけなのに。
 幼馴染は目を開くと、私に念押してくる。

「マジで?」
「……うん。談話室に行くの?」
「やっぱりな……! へへっ。そうだと思ってた!」
「ジュース、奢って。全員分」
「当たり前だろ? 俺達、家族だもんな!」

 そう思っているのは直也だけで、私は一度もそう感じたことはないけど。

 なぜか大喜びしている彼は、当然のように手を差し伸べてきた。

「ほら、香菜」

 ――直也となんて、嫌だ。

 岡本さんと繋いだ手のぬくもりを、忘れたくない。
 上書きだってされたくなかったのに……。

「握れよ」

 先ほどまでの上機嫌が嘘のように低い声で命令され、睨みつけられてしまえば逆らえない。

 ――ジュースを奢ってもらう代わりの対価と、思うしかないか……。

「談話室の自販機で、ジュースを買い終えるまでなら……」
「なんで条件つけんだよ。これからずっと、繋ぎ続けんのに」

 ――直也は何を言っているのだろう?

 私は幼馴染と、一緒に居続けるつもりなどない。
 早く岡本さんがいるショコラ・ドゥ・マテリーゼに戻りたいのに……。

 彼はまた、自分の都合がいいように妄想を拗らせているようだ。

 ――これ以上は手に負えない。

 会話を断念した私は、手を繋いだまま不機嫌になったりご機嫌になったりと忙しない直也の隣で心を殺し、どうにか談話室までやってきた。

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