あなたの心が知りたい
 彼の見た目からは、彼の感情は測れない。昔から彼はあまり感情を表さなかった。
 マルグリットは、彼が自分のことをどう思っているのか、いつも気にしていた過去の自分を思い出す。
 その声に表情に、少しでも自分に対する好意が見えたなら、あんなに苦しい想いをせずに済んだのにと思う。
 彼の灰褐色の瞳を見れば、彼を好きだった愚かな頃の自分を思い出してしまい、惨めな気持ちになるだけだ。
 早く立ち去ってほしい。心の中でマルグリットは祈った。

「ライオスの死因は、大量の酒と共に飲んだ薬物の過剰摂取だ」

 死因を聞いて、いつかそうなるかも知れないとは思っていたので、驚きはしなかった。

「お悔やみを申し上げます。ご両親もさぞお辛いでしょう。知らせてくれて、ありがとう。じゃあ…」
「待て」

 用は済んだとばかりに、マルグリットはレジスに背中を向けた。
 そんなマルグリットの肩を、レジスが掴んで自分の方に向けさせた。
 その力の強さに、マルグリットは顔を歪める。

「驚かないところを見ると。君は知っていたのか。あいつが…君の夫が」
「あなたの双子の弟が、薬物に溺れていたことなら知っていたわ」

 マルグリットは、ライオスを「夫」とはもう呼ぼうとは思わなかった。彼が「夫」として接したことなど、一度もなかった。

「知っていたなら、どうして…」
「止めるように注意したわ。でも、聞く耳を持たなかった」

 それどころか、煩いと言って彼女を叩いたりしたこともある。
 
 顔も同じ双子の兄弟の彼らだったが、兄のレジスは家を継ぐため厳しく育てられた。レジスはその期待に応え、何でもそつなくこなした。
 一方、ライオスはレジスに勉強も剣術も一歩及ばなかったが、その分愛嬌があり、彼らの両親はレジスよりライオスを溺愛していた。

 マルグリットとの結婚も、最初ほ反対していたが、最終的にライオスが強く願ったことで、渋々認めた。

 両親から平等に愛情を与えらていれなかったという点で、レジスとマルグリットは境遇が似ていた。
 マルグリットが彼に惹かれたのは、そういう所もあったのかも知れない。

「どうして言わなかった」
「黙っていた私が悪いのですか?」

 ライオスは自慢の息子で、大切な弟だった。
 マルグリットがもしあの時、ライオスの薬物依存のことを暴露し、暴力で彼女を支配していたことを伝えても、誰も認めなかっただろう。
 ライオスは人を煙に巻くのがうまかった。己の真の姿を巧妙に隠し、表向きは完璧な人間を装っていた。
 マルグリットがどんなに真実を訴えたとしても、それを信じてくれる人がいなければ、彼女の努力は徒労に終わっただろう。

「夫がそんな状態だったのに、君は妻として何も思わなかったのか。もう愛していないのか?」
「そんなこと、あなたに関係ないでしょ。結婚して半年で、夫以外の男と密通した。だから離縁され、実家からも見放された。ライオスは私のことなど、愛してなどいなかった」

 マルグリットはやけっぱちになって言った。

「最初から、あの結婚は間違いだったのよ」
「本気で言っているのか。君がライオスをはめて、結婚を余儀なくさせたのに、それを今更『間違い』だと言うのか?」

 レジスの表情に、感情が見えた。
 それは、自分に対する憎しみかと思ったが、どこか苦痛を感じているようにも見えた。
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