氷の王子様は子守り男子

怒りの吉野くん

 吉野くんの登場で、草野さんたちが一気に震えあがる。
 でも、驚いているのは私も同じ。

「ど、どうしてここに?」

 教室からは離れてるし、たまたま通りかかったってわけじゃないよね。

「あんなことする奴らだ。また何か嫌がらせしてくるに決まってるだろ。教室にお前がいないから、俊介にも手伝ってもらって探してたんだよ」

 そんなことしてたんだ。
 何かあったら、また心配かけるって思ってた。
 だけど何もなくたって、心配して気遣ってくれてたのかもしれない。

「坂部。さっきお前、俺に迷惑かけるなって、こいつらに怒ってたよな。なら、俺だってこいつらに文句言っていいだろ」
「それは……」

 昨日私は、吉野くんが絡んできたら、余計大変になるかもしれないって思って、それを止めた。
 だけど、今なら思う。たとえどれだけ大変になったとしても、このまま草野さんたちに好き勝手させちゃいけないって。

「うん」

 私が頷くと、それから吉野くんは、視線を私から草野さんたちに移した。

「お前たち、こういうことするんだな。最低。って言うか、バカじゃねーの」

 草野さんたちから、ヒィッと悲鳴があがる。
 弁解したいのか、何人かが口をもごもごさせているけど、こんな決定的な所を見られたんだし、うまくいくはずがない。
 だけどそんな中、草野さんが叫ぶ。

「ち、違うの。私たち、吉野くんのためにやったことなの!」
「……はぁ?」

 吉野くんも、自分のためなんて言われるとは思ってなかったんだろう。心底理解できないって顔をするけど、草野さんはさらに続ける。

「吉野くん。他の人に干渉されるの、好きじゃないでしょ。なのに坂部さん、吉野くんの迷惑も考えずに、グイグイ近づいていって。だから、私たちみんなで注意したの」

 自分たちがいかに正しいか、どれだけ吉野くんのことを思っていたかを、必死になって訴える。
 だけど、吉野くんの怒りは収まらない。むしろ言えば言うほど、どんどん不機嫌になっていくようだった。

「ふーん。迷惑なら、あんなことしてもいいんだな。だったら俺も、お前のこと引っぱたいておけばよかった。散々ウザ絡みされて迷惑だったからな」
「そんな、酷い……」

 こういう時の吉野くんは、本当に容赦ない。
 草野さんはショックで涙ぐむけど、さすがに同情なんてできなかった。
 さらに、大森くんも言う。

「言っとくけど、引っぱたくっての、多分本気だから。実は俺たち、少し前から見てたんだけど、怒った星を抑えるの、大変だったんだから」
「えっ? 少し前って、いつから?」

 てっきり、私たちを見つけてすぐに出てきたと思ってたけど、違うの?

「尻もちついてる坂部さんに、この子たちが色々言ってたくらいからかな。星はすぐに出ていこうとしたけど、待ってもらったよ。でないと、こんなの撮れなかったからね」

 大森くんはそう言って、スマホを取り出し動画を見せる。
 そこには、草野さんたちが私に罵声を浴びせていたところや、引っぱたこうとしていたところが、しっかり映ってた。

「か、勝手に撮ったたの!?」
「勝手って、そんなこと言える立場だと思ってる? これ、人に見せたらどうなるか、わかってるよね」

 女の子たちが抗議の声をあげるけど、大森くんに反論され、いよいよ青ざめる。
 さらに、吉野くんがより一層睨みをきかせた。

「俺としては、今すぐ問題にしてお前らを処分してやりたいけどな」

 女の子たちが、一斉に泣き出す。
 もう、みんな完全に心が折れていた。

「二度と坂部に手を出さないって言うなら、ひとまず誰にも言わないでおくが、どうする?」

 その言葉に、ほとんどの子は一斉に頷いた。
 誰もごめんなさいとは言わなかったけど、泣きながらコクコクと首を縦に振る。
 だけどそんな中、またしても草野さんだけが違った。

「……ねえ、どうして? 坂部さんのことそんなに庇うのよ!」

 涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らしながら、それでも納得できないといった感じで叫ぶ。

「いつもの吉野くんなら、周りで何かあっても無関心だったじゃない。なのに、どうして坂部さんだけそばにいるの? どうして坂部さんだけ庇うの? どうして!?」

 なんだかこう聞くと、吉野くんが酷くドライな人に思えてくる。
 いや、学校で見る吉野くんは、実際そんな印象なんだけどね。
 吉野くん。なんて言うんだろう。
 だけど、次に喋ったのは、なぜか大森くんだった。

「そりゃ、坂部さんは星の彼女だからね。特別扱いするのは当然でしょ」

 …………へっ?

 お、大森くん。今、なんて言ったの?
 私が、吉野くんの彼女? 彼女って、付き合ってるって意味の、あの彼女だよね?
 意味不明すぎて頭の中が真っ白になるけど、吉野くんだって同じみたい。
 草野さんたちを睨むのも忘れて、心底驚いたように大森くんに詰め寄る。
 すると大森くん。私と吉野くんにしか聞こえないくらいの声で、そっと囁いた。

「いいから、話合わせて。そういうことにしといた方が、守りやすくなるでしょ」

 そんな理由!?
 確かにその方が、吉野くんが私を庇うのに説得力が出るかもしれない。
 けど私と付き合ってるなんてことになったら、吉野くん、すっごく困っちゃうよ。
 ど、どうしよう。

「ああ、そうだな。俊介の言う通りだ。坂部は、俺の彼女だから」

 えっ?
 吉野くん。今、なんて言ったの?

「彼女にこんなことされたら庇いもするし、腹も立つ」
「そんな……」

 その言葉が、よっぽどショックだったんだろう。
 既に泣いていた草野さんたちだったけど、よりいっそう大きく泣き出す。
 一方、私は私で呆然としていた。
 吉野くん。私のこと、彼女って言ったよね。
 そりゃ、私のことを守るために言ったんだってのはわかってる。
 けどたとえ嘘でも、彼女なんて言われて、こんな風に守ってもらったんだ。
 嬉しくて、ドキドキして、お腹の底から暖かい何かが込み上げてくるようだった。

「わかったか! わかったら、二度と坂部に手を出すな!」

 それが、最後の引き金になったみたい。
 草野さんたちは涙を流したまま、逃げるように去って行った。
 結局、最後の最後までごめんの一言もなかったけど、今さら謝ってほしいとは思わなかった。
 好きな人にここまで言われたんだ。
 彼女たちにとって、これ以上重い罰はないだろうから。
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