氷の王子様は子守り男子

いなくなった

 お父さんが晩御飯の支度をしている間、たっくんと一緒に遊ぶ。
 だけど楽しいはずのこの時間も、さっきの出来事が引っかかって、モヤモヤした気持ちになってくる。
 たっくんも、元気がないように見えた。

「ねえ、たっくん。日向ちゃん、どうしてケンカしたのか知ってる?」

 よその子の揉め事に軽々しく首を突っ込んじゃいけないのかもしれない。
 だけど、日向ちゃんがなんの理由もなしに誰かを叩くなんて思えなかったし、事情があるなら知りたかった。

「あのね。僕が知世ちゃん待ってたら、けんくんが変って言って日向ちゃんが怒ったの」

 うーん、全然わかんない。
 このくらいの歳の子だと、うまく物事を説明できないことも多いんだよね。
 そういう時大事なのは、ゆっくり根気強く話を聞くこと。
 わからないところをひとつひとつ質問しながら、言っているのかを少しずつ探っていく。
 そうして、しだいに何があったのか見えてきた。

「そっか。だから日向ちゃんは、あんなことしたんだ」

 話を聞き終え、フーッと大きく息をつく。
 吉野くんは、日向ちゃんからちゃんと話を聞いたのかな?
 もちろん、どんな理由があっても、手をあげるのはよくないこと。
 だけど吉野くんには、全部の事情をちゃんと知ってほしいって思った。
 スマホを取り出し、吉野くんに電話をかける。
 何回かのコールが鳴って、吉野くんの声が聞こえてきた。

「坂部か?」
「うん。急に電話してごめんね。今から話して大丈夫?」

 お願いだから聞いてほしい。そう祈ったけど、返ってきたのは断りの言葉だった。

「悪い。今は、聞けそうにない。日向が、いなくなったんだ」
「えっ……?」

 スマホ越しに聞こえてくる吉野くんの声は、酷く不安そう。
 不安になったのは、私も同じだ。

「いなくなったって、どういうこと? 何があったの?」
「日向のやつ、家に帰った後もずっとむくれてたから、しばらく一人でそっとさせることにしたんだ。それから様子を見に行ったら、いなくなってた」
「そんな!」

 それって、家出みたいなものなのかも。

「だから、悪い。今から日向を探さないと」
「うん。ごめんね、こんな時に電話して」

 電話を切ると、体中から嫌な汗が流れてくる。
 ケンカの理由は話せなかったけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
 小さい子だし、そんなに遠くに行けるとは思えないけど、じゃあ大丈夫なんてならないよ。

「知世ちゃん、どうしたの? 日向ちゃんは?」
「えっと……日向ちゃんとお話するの、また今度になっちゃった」

 たっくんと話しながら、自分の声が震えてることに気づく。

(日向ちゃん、大丈夫だよね?)

 祈るように心の中で呟くと、玄関でガラガラと音がして、お姉ちゃんが帰ってきた。
 お父さんも、晩御飯の準備ができたと言って私たちを呼びに来たけど、何があったか話すと、二人とも顔色を変えた。

「そんなことになってるの? すぐに見つかるといいんだけど」

 やっぱり、心配になるよね。
 私たちでもこうなんだから、吉野くんはどれだけ心配してるだろう。
 何もできないのがもどかしくて、とうとう我慢できなくなった。

「私、吉野くんの家に行ってくる」
「今から? 日向ちゃん探すつもりなの?」

 驚くお姉ちゃんだけど、その通り。
 吉野くん、きっと今ごろ必死になって探しているだろうし、探すなら少しでも数が多い方がいい。
 吉野くんのうちなら、遊園地に行った時車で迎えに行ってるから、どこにあるかは知っていた。

「大丈夫か? もう暗くなってるし、父さんが代わりに探しに行こうか?」

 お父さんは、私がこんな時間に出かけるのが心配みたい。
 そんなの私だってわかってるけど、それでも、日向ちゃんを放っておけなかった。

「お父さんは、日向ちゃんと会ったことないでしょ。探すなら、私の方が絶対にいいって」
「それはそうだが……」

 お父さんはまだ心配していたけど、結局、止めるのは無理だって思ったみたい。

「探す時は、その吉野くんって子か、でなくても他の誰かと一緒に探すこと。いいね」
「うん。わかった!」

 そうと決まれば、モタモタしてられない。
 そうして私は、すぐに家を飛び出して行った。
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